<2005年10月2日付日刊スポーツ>【シアトル(米ワシントン州)30日(日本時間10月1日)=四竈衛、木崎英夫通信員】マリナーズ・イチロー外野手(31)が、メジャー史上初の新人から5年連続200本安打を達成した。あと2本として臨んだアスレチックス戦で、第1打席に右中間二塁打を放ち、続く第2打席で右前へ運び、大台に到達。160試合目での達成は、過去5年間でもっとも遅いペースで「キレそうになったことも」と苦しかったシーズンを振り返った。この日は5打数4安打の固め打ちで、打率も再び3割に乗せた。試合は、マ軍が4-1で快勝した。

 クールな表情に、深い感慨を包み隠した。昨年10月1日、メジャー記録を塗り替える258安打を放ってから364日後。その瞬間をほうふつさせる地元シアトルファンのスタンディングオベーションに、一塁ベース上のイチローは、ヘルメットを掲げて返礼に変えた。「最高です。最高の気分ですね」。第1打席で「王手」をかけ、2回2死走者なしで迎えた第2打席。初球を右前へ運び、5年連続200安打に到達した。

 体ではなく、心で苦しんだシーズンだった。好調に滑り出した4月を終え、5月に安打ペースが下降したものの、技術的な修正に迷うことはなかった。だが、マ軍は早々とペナントレースから脱落。不可思議な戦術・戦略のみならず、選手起用、チーム再建法など、イチローならずとも、気持ちを高めてグラウンドに立てる状態ではなかった。無気力試合とも言われかねない戦いの連続。イチローにとって、やり場のない、心の奥底の沈殿物が、払しょくされることはなかった。だが、プロである以上、外的・第3者的要因を言い訳にするつもりはなかった。

 イチロー

 それが一番のテーマだったんですね、実は。いまだに解決されてはいないんですけどね。本当に夢にも出てきました。ただ、キレそうになったこともあるし、キレなくて良かったです。発狂しそうなこともあったし。この200という数字がそれを解き放ってくれましたね。それでまた、カベを越えられたような気もします。もし、キレてたら、こういうこともなかったでしょうからね。

 昨季、262安打のメジャー新記録を打ち立てて迎えた5年目。「イチローなら」という固定された、開幕前から高まる一方の周囲の声を聞けば聞くほど、苦しむ予感はあった。

 イチロー

 シーズン前、いろんな人に『まずは200本ですね』と言われて、ものすごいストレスになりましたね。ここでボクとはまったく違う感覚があると思って、ちょっと怖いシーズンになるな、というのはありました。

 イチローにとっては「最遅」の到達とはいえ、今季はメジャー全体でも、ヤング(レンジャーズ)に次ぐ2人目の大台到達。記録の難しさと重さは、誰よりもイチローが痛感していた。

 イチロー

 (ペースとして)試合数が少ないというのは不安になりました。ただ、逃げることはできない。プレッシャーをかけようともしましたが、かけようとしなくても勝手にかかってしまう。プレッシャーを避けて通ろうなんてバカげてることですから。それに立ち向かってクリアしないと、何も超えられないですからね。

 打者として、技術的な模索を繰り返すレベルではない。だが、野球という競技は、1人の成績で決着できない。今年、イチローがぶつかったカベは、野球選手としての最終段階だったのかもしれない。打率3割へのこだわりを聞かれたイチローは、苦笑交じりに言った。

 イチロー

 3割ですか。そんなこと忘れてました。今回、あらためて思いましたけど、ボクは本当に安打が打ちたい選手だと自分で思いました。3割なんて、どうでもいいってね。

 技を極め、心を極める。重圧から解放され、達観した希代の天才打者は、記念のバットを大事そうに抱え、少年のように笑った。

 ◆イチロー一問一答

 -苦しんだシーズン。200安打の手応えは

 イチロー

 クリーブランドからデトロイトに行った時(7月末)、5試合ぐらい安打が出なかったことがあって、それでもあの時期にこのペース(108試合で135安打)。これはいかなきゃいけないと思いましたね。

 -期待は大きかった

 イチロー

 毎年、200本が近付いてくると、苦しい時期に変わる。それはこれまでやってきて、ボクが一番よく知ってるわけですからね。

 -焦りは

 イチロー

 デトロイト(9月下旬)だったかなぁ、バントのサインが出た時にはものすごく焦りましたね。あの瞬間ですかね。我が目を疑ったし、どうにかしてバントを安打にしなくてはいけない。走者を送るという概念はまったく持ってなかった。プロになって初めてでしたね。

 -この日はウィルソンの引退試合。スタンドの盛り上がりが違った

 イチロー

 この何試合かは、神戸(オリックス時代の本拠地)みたいでしたからね。ああ、秋だな、ってね(笑い)。それは助かりましたね。

 -5年連続の記録。体調を維持してプレーすることの重要性は

 イチロー

 ボクがいくら(年俸を)もらっているか。当たり前のことです。そのことが評価されることはおかしいですね。<シーズン200安打メモ>

 ◆最多

 回数は最多安打(4256)のメジャー記録を持つローズ(元レッズ)の10回。連続は1リーグ時代に活躍したキーラー(元ハイランダース)が8年連続で達成。だが、この時代は失策も安打にカウントされたという説があるなど記録集計に不備があり、参考記録扱いされることも。リーグ記録はボッグス(元Rソックス)の7年連続。5年連続は史上6人目。

 ◆メジャー記録更新

 イチローは自らの持つ新人からの連続200安打を更新。従来の記録はL・ウェイナー(元パイレーツ)、ペスキー(元Rソックス)の持つ3年連続が最長だった。

 ◆殿堂入り確実?

 シーズン5度の200安打は史上19人目。うち15人が殿堂入りした。グウィン(元パドレス)は有資格後の殿堂入りが確実。ローズも野球賭博で永久追放されなければ殿堂入りしていただけに、実質縁がないのはガービー(元ドジャース)くらい。イチローの殿堂切符は保証されたも同然?

 ◆オリックス仰木シニア・アドバイザー(前監督)

 おめでとう、イチロー。本当によかったね。今年1年、200安打に向けて苦しんだだけに達成できてよかった。苦しみはしたが、それでも最後は、さすがイチローという底力を見せてくれたね。苦しんだ分、来年もこれまでと違ったイチローを見せてくれると期待が膨らんでくる。私事で恐縮だが今季限りでユニホームを脱ぐ私に、今回の快挙はこれ以上ないはなむけになった。ありがとうイチロー。

 ◆ソフトバンク王監督

 すごいね。200安打は大変なこと。これでメジャーの記録をいくつ、つくったんだ?

 メジャーはハードなスケジュールだし、体に気を付けて、来年は心機一転、首位打者を争うくらいのつもりでやってほしい。(2005年10月2日付日刊スポーツ紙面から)