<2008年9月19日付日刊スポーツ>

 【カンザスシティー(米ミズーリ州)17日(日本時間18日)=四竈衛、木崎英夫通信員】マリナーズ・イチロー外野手(34)が、メジャータイ記録となる8年連続200安打を達成した。今季通算197安打で臨んだロイヤルズ戦、右翼線二塁打、三塁後方へ落ちる安打で王手をかけ、第4打席に遊撃内野安打を放ち、日米通算300度目の「猛打賞」(1試合3安打以上)で大台に到達した。8年連続200安打は、ウィリー・キーラーが1894~1901年に達成して以来、史上2人目。近代野球とされる1900年以降では初。残り11試合で、あと15安打まで近づいた張本勲氏が持つ日本最多3085安打に挑む。

 107年の歳月を超えた。近代野球の草創期以来、だれも手をかけられなかった記録に、イチローが並んだ。2安打を放ち、王手をかけた8回表。遊撃前に転がったボテボテの安打が、野球の本場米国の歴史に新たなページを加えた。敵地ファンの祝福に、控えめにヘルメットを掲げても、達成感と解放感は、やはり格別だった。

 イチロー

 めちゃくちゃしんどかったです。今年は何としても200本を外せない年。0から意識する年でしたからね。めちゃくちゃうれしい。それを見せるか見せないかですけどね。

 今年も、最大の難敵は重圧だった。7月29日。日米通算3000本安打を達成した当時以上に、イチローの心には重苦しさが充満していた。毎年、170本を通過する時期に沸き起こる、不安を伴う感情。昨年「そこから逃げるのではなく、正面から向き合う」と覚悟して超えたはずの苦しさに、今年も8月下旬からさいなまれた。その感情は、イチローが「恐怖」と表現するほどだった。

 イチロー

 また来やがったな、ってね。昨年はクリアしただけで次に生かされるかというと、まったく別でした。(安打が)欲しいと思う気持ち、それが邪魔する。できないかもしれないという、恐怖です。それは「8」から来るもので、まず並ばないといけない。それを加味したことで(過去とは)違ったんです。

 重圧をはね返すための準備は、長い時間をかけて取り組んできた。04年に262本の年間最多安打を達成し、技術的な試行錯誤の時期を終えると、その後は、自らの内面を磨くことを強く意識するようになった。05年オフ、ドラマに出演し、ロック界のスーパースター矢沢永吉と対談したのも、グラウンド以外で新たな刺激を吸収し、異なる分野の「一流」が持つオーラを感じ取るためだった。

 それでも、「恐怖」は襲ってきた。孤独に重圧を感じる一方で、チームは地区最下位を低迷する。試合後は、早めにクラブハウスから立ち去ることを心掛けた。

 イチロー

 マイナスの空気が皮膚から入ってくる。それを避けたかった。これまでより僕の世界を作り上げていたと思います。

 あえて自分のペースを崩さなかったのも、質の高いプレーを続けようとするプロ意識からだった。

 だからこそ、周囲が期待するハードルが高くても、ひるむことはない。残り11試合。張本氏が持つ「3085」の日本記録にも、真っすぐに視線を向けた。

 イチロー

 やりたいですよ。やろうと思ってますしね。絶対超えてやる、そう思ってます。

 張本氏の記録更新となれば27年ぶり。行く末に偉大な先人達の金字塔が見える限り、イチローがその足取りを変えることはない。

 イチロー記録メモ

 ◆8年連続200安打

 1894~1901年のウィリー・キーラーに並ぶ最長タイ。1900年以降の近代メジャーでは83~89年ウェード・ボッグスの7年連続を更新した(ボッグスは8年目に187安打でストップ)。デビューからの連続は4年目からメジャー記録を更新中。

 ◆8度目の200安打

 200安打の最多はピート・ローズの10度、2位はタイ・カッブの9度で、8度は3位タイ。日米通算では9度目になる。

 ◆日米300猛打賞

 イチローの猛打賞(1試合3安打以上)は区切りの日米通算300回目(日本120回、米国180回目)。猛打賞の日本プロ野球最多記録(張本勲の251回)を大きく上回っている。200安打まであと3安打から1試合で達成したのはメジャーでは初。日本では94年にあと3安打から一挙に4安打を放って達成した。

 ◆内野安打で大台

 日米ともに内野安打で200安打に到達したのは初めて。

 ◆イチロー・一問一答

 -記録達成の感想は

 イチロー

 打った瞬間、安打になると分かったので、アウトにしてくれないかな、と思いました。(200本目は)内野安打以外、と思っていたので(笑い)。昨年は本塁打だったなぁ、と守りながら思ったりしてましたからね。

 -ここまでの気持ちは

 イチロー

 テキサス(9月10日)で4本出た時、グッと引き寄せたと思いましたが、そこまでは恐怖でした。

 -重圧との付き合い方は

 イチロー

 それから逃げようとするのと、向き合って達成するか。起こるもの(重圧)は避けられないし、向き合って対峙(たいじ)するしかないですから。

 -達成できなかったら

 イチロー

 オフに日本に帰りたくないと思うでしょうね。日本は大好きですけど、199本で終わっていたら恐怖でしたね。

 -これまでも苦しいシーズンはあったが

 イチロー

 今年は苦しくなるな、というのはありました。昨年は技術的に少し違うものがあったんですが、それよりも今年は精神的に苦しくなるというのは前提にありましたから。早く残り10試合であと1本ぐらいになればいいなと思ってました。

 -200本との縁について

 イチロー

 縁は分かりませんが、そのスタイルが変わっていない自分はいいですね。日本の時から、ずっとそれを目指してきて、それがバロメーターになっているのはうれしいですね。

 -敵地での祝福は

 イチロー

 今日も僕の中ではさっと流れるものだと思ってました。カンザスシティーに思い入れはなかったですし、ハンバーガーがうまいことぐらいで。ちょっと特別な場所になったかな。

 -達成してウルッとくることは

 イチロー

 それがないのがボク。あったら8年も続けられないですよ。“アザッース”(ありがとうございます)って感じです(笑い)。

 -ホッとして休みたい気持ちは

 イチロー

 ないですよ。今晩飲みすぎたら、明日(18日)のデーゲームに出たくないかもしれませんけど、ビール(小瓶)2本しか飲みませんから。

 ◆最近の200安打達成人数

 日本より試合数は多いが、シーズン200安打は決して容易ではない。90年代にはストライキの影響で試合減となった年を除いても達成者なしのシーズンがあったほどで、最近20年のシーズン平均到達者は4・65人。指名打者制のア・リーグがやや多い傾向にある。イチロー登場とともにヒットの価値が見直された21世紀は、同平均5・88人と増えた。のべ47人のうち、6人に1人をイチローが占める。ペドロイア(レッドソックス)、イチローのほかに、今季、到達できそうなのはレイエス(メッツ、17日現在191安打)くらい。この3人だけで終わる可能性が高く、投高打低のシーズンを象徴する。右打者のメジャー連続記録を持つヤング(レンジャーズ)は5年連続で途切れそうで、イチローの連続記録のすごさが分かる。(2008年9月19日付日刊スポーツ紙面から)