巨人阿部慎之助内野手(36)が、通算350本塁打を放った。7点を追う8回1死、広島戸田の直球を中堅バックスクリーン左に運んだ。史上28人目、球団では王、長嶋、原に次ぐ4人目の快挙だったが、チームは敗れ、節目を喜ぶ姿や感傷に浸る様子もなく、淡々とダイヤモンドを1周した。ただ、憧れの“掛布超え”を達成し、次は400号に向け、チームを勝利に導くアーチを積み重ねていく。

 花束を受け取る阿部に、笑顔はなかった。スコアボードに映し出された「通算350号」を祝う映像にも一切目を向けず、静かに頭を下げて、ベンチに引き揚げた。「区切りの350号を打てたことは良かったけど、素直に喜べないホームラン」。8回1死、阿部らしくバックスクリーンに運び、歓声を浴びても、頭から離れなかったのは5回1死満塁での凡打だった。

 ホームランの魅力を知ったのは、小学5年の時だった。千葉・浦安市内の北部小学校のグラウンド。フェンスの頭上を越える右越え本塁打だった。「よく、覚えてねぇな~」と笑ったが、父・東司さんの脳裏には笑顔でダイヤモンドを1周する阿部少年の姿が、今もなお、残っている。

 本塁打に胸を躍らせた少年の心を今、満たせるのは勝利だけに変わった。プロ15年目。勝利、実力至上主義のチームにあって、空砲は何の意味もないことをよく知る。最高にうれしかったはずの“掛布超え”にも、報道陣の問い掛けに「そうだね」とだけ答えたのは、そんな思いが日々あるからだった。

 節目の1発は、7点ビハインドの状況だった。「今日しか来られない人だっているんだ」が口癖だが、劣勢の中、フルスイングで声援に応える以外、自分の中に答えはなかった。原監督は「見事の一言。どういう状況の中でも、ベストを尽くすことが大事」と言った。350本目のアーチも、阿部にとっては1つの通過点。今日2日の広島戦、また前を向いて、400号に歩み始める。【久保賢吾】

 ▼通算350本塁打=阿部(巨人) 1日の広島13回戦の8回、戸田から今季4号を放って達成。プロ野球28人目。巨人生え抜きでは王、長嶋、原に次いで4人目。初本塁打は01年4月13日の横浜1回戦(東京ドーム)で河原から記録。