何とも不思議は塔は、ひとりの男性が33年かけて作り上げた芸術作品です
何とも不思議は塔は、ひとりの男性が33年かけて作り上げた芸術作品です

その名は「ワッツ・タワー」

 これは芸術? それとも建築物? と初めて訪れた人は目を疑うような、とってもユニークで印象的な「芸術作品」と呼ぶにふさわしい名所がロサンゼルスにあります。アメリカ広しと言えども、ほかに類を見ないと言っても過言ではないでしょう。その名は「ワッツ・タワー」。ダウンタウンから車で30分ほど南に走ったゲトー(治安の悪い地域)に、突如現れる全長30メートルにも達するアイスクリームコーンのような形をした14本の塔がそれ。遠くから見ると単に鉄筋を使って作った塔のように見えますが、近くに行くとそれぞれの塔が貝殻や皿、ソーダ―のガラス瓶、鏡などのパーツで装飾されていて、なんとも不思議な空気感を醸し出しています。

柵の外からの見学は無料。周囲は住宅街で、ここだけ異次元の世界感を醸し出しています。映画やテレビなどにも良く登場するので見たことがある人も多いのでは?!
柵の外からの見学は無料。周囲は住宅街で、ここだけ異次元の世界感を醸し出しています。映画やテレビなどにも良く登場するので見たことがある人も多いのでは?!

治安が悪いので行くのに勇気

 「ここは一体何?」と誰もが不思議に思うワッツ・タワーは、イタリアから移住したあるひとりの男性が30年以上もの歳月をかけてたった独りで作り上げた芸術作品として地元では知る人ぞ知る存在。でも、ここに行くのはちょっと勇気がいるのも確か。「ワッツに行く」というと地元の人の多くは尻込みしますし、普通の人はよほどの用事がない限り立ち寄らない場所。車がないと行けませんし、周辺の治安も悪いので初めてLAを訪れる観光客にはお勧めできない場所ですが、一生に1度は訪れてみる価値は十分ありです。

塔や壁には拾ってきたガラス瓶やお皿やタイルの破片などが埋め込まれ、とてもカラフル。よくよく見ると、とても繊細で美しく、拾ってきたものをただ単に埋め込んだわけではないことが分かります
塔や壁には拾ってきたガラス瓶やお皿やタイルの破片などが埋め込まれ、とてもカラフル。よくよく見ると、とても繊細で美しく、拾ってきたものをただ単に埋め込んだわけではないことが分かります

42歳から75歳まで見よう見まね

 何がすごいかというと、15歳の時にアメリカに移住してきたサバト・ロディア氏が建築に関する技術や知識などないままに1921年、42歳の時に突然見よう見まねで塔の建設を始めたこと。ごく普通の日雇い労働者だった彼は、近隣住民に変人扱いされながらも33年間もの歳月をかけてワッツ・タワーを完成させたのです。デザインや設計図があったわけでも、製作期限を設けていたわけでもないというから驚きです。「何か大きなことをやりたいと思った」と後に語っているロディア氏は、溶接されていない鉄の棒を組み合わせてそこにワイヤーを巻いてセメントで固めて骨組みを作り、そこに拾ってきた空き瓶や皿の破片、カラフルなタイルなどを埋め込んで接着していったのだそう。ボルトや溶接などは一切使っておらず、足場も使わずに簡単な道具と窓ふきの掃除人が使うベルトとバックルを命綱にしてよじ登って制作したと言われています。

 それほどまでに情熱を注いで作り上げたタワーですが、ロディア氏は完成するとタワーが立つ土地を近隣住民に譲ってワッツを去り、2度とここに戻ってくることはなかったと言います。その後、ロサンゼルス市は不法建築だとして取り壊しが検討されましたが、映画関係者や美術関係者らの反対で現在は芸術としての価値が認められてカリフォルニア州の歴史資産に登録されています。

モザイクタイルが特徴的なお隣のアート・センターでツアーの参加申し込みができます。日中は見学者も多いので、さほど不安には感じません
モザイクタイルが特徴的なお隣のアート・センターでツアーの参加申し込みができます。日中は見学者も多いので、さほど不安には感じません

「ラ・ラ・ランド」にも登場

 タワーは柵に囲まれているので普段は中に入ることはできませんが、隣接する美術館で入場券を購入すると1日数回行われる内部ツアーに参加することができます。ちなみにこのワッツ・タワー、今年のアカデミー賞でも話題になったミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」にも登場しています。壮大なロディア氏のロマンが感じられるワッツ・タワーは、理屈抜きで本当にスゴイ場所ですが、訪れたい方は十分に気をつけて、日中に行ってみてくださいね。(米ロサンゼルスから千歳香奈子。写真も)