カンボジア国籍を取得したタレント猫ひろし(39)が、今年8月のリオデジャネイロ五輪でカンボジアの男子マラソン代表として、140人中139位で完走した。それから4カ月、猫は五輪特需と言うべき人気で、各地のマラソン大会やイベントに引っ張りだこ。選手村で約1カ月過ごしたリオ五輪の思い出、20年の東京五輪出場への意欲を聞いた。【取材・構成=林尚之】


■感謝 完走 カンボジニャー

 147センチ、45キロの小さな体で42・195キロを走りきった。15人も棄権する過酷なレース。140人中139位のブービー賞で、タイムは自己ベスト(2時間27分48秒)に及ばない2時間45分55秒。12年のロンドン五輪出場が内定していたが、「カンボジア国籍の取得からの期間が短い」との理由で取り消された。11年の国籍取得から6年越しの夢を実らせ、1度も歩かずに完走した。

 「とにかく僕にとってのリオ五輪は『感謝、完走、カンボジア ! 』でした。でも、完走してなかったらどうなっていたか。脚が折れてもいいから、走り切ろうと思ってました」

 帰国後はかつてないほどのブレークを体験した。マラソンを始めるきっかけとなったTBS系「オールスター感謝祭」の赤坂5丁目ミニマラソンにも凱旋(がいせん)出場したほか、各地のマラソン大会にゲストランナーとして招待された。テレビ番組や講演会、イベントにも引っ張りだこで、休む暇もなかった。そのため、今月初めには肺炎にかかった。

 「熱もあるし、体もだるくて、何かおかしいと病院に行ったら、肺炎と言われた。ぜんそくの1歩手前で、ぜんそくになっていたら、選手生命も終わりだった。肺炎になっても知人たちと約束した食事会などは断ったけれど、仕事だけは休まなかった。五輪前の半年間は仕事もせずに無収入だったので、稼げる時に稼いでおかないとね。これまで普通車だった新幹線での移動もグリーン車になったり、待遇も良くなった。講演会では夢をかなえることを面白おかしく話したり、五輪のおかげで芸の幅も広がった」

 リオ五輪を終え、カンボジアを経て、帰国してすぐに練習を開始した。

 「まだ五輪の疲れも残っていたので、最初は20キロから始めて、今は毎日30キロ走っています。以前は昼間から走っていると、ご近所でも『あの人、何やってんだろう?』と不思議がられたけれど、今はマンションのエレベーターで一緒になっても『開ボタン』を押してくれるし、道を歩いていても『感動しました』『握手してください』と声を掛けられることが増えた」

 そんな中、5歳の娘は意外な反応を見せたという。

 「ビリから2位の成績に、娘は幼稚園での駆けっこでは真ん中くらいなので、『私よりも遅い』と言われた」

 現在39歳。今後もマラソンを続け、4年後に迫る20年の東京五輪を目指す。12月にはプノンペンでハーフマラソンに出場し、来年の東南アジア大会にも出場する予定だ。


■東京で猫の手貸すニャー


 「カンボジアでも『20年は頼むよ』と言われているので、猫の手を貸したいと思っています。カンボジアへのサポートは続けていきたいし、一番いいのは選手として走ること。カンボジアでは23年に東南アジア大会が開催されるので、いろいろな種目で選手の底上げを図っているところ。マラソンでも20代のいい選手がいて、フルマラソンではまだ負けないけれど、ハーフではいい勝負になっている。4年後には43歳ですが、まだまだタイムは伸びると思う。やっぱり東京が舞台だから、チャレンジしたい。リオ五輪を経験して、五輪は見るものじゃなく、出るものと強く感じたから」


<猫ひろし五輪 プレーバック>

▼スタート前

 「テレビによく映るように最初は一番前にいたけど、後ろから横から押されて、直前に2列目になってしまった」

▼ゴールまで2キロ激しい最下位争い

 「ゴールまで2キロぐらいで、最下位から追いついてきたヨルダンの軍人選手に背中をたたかれた。『あともう少しだから一緒に頑張ってゴールしよう』みたいなことを英語で言われたんです。でも、抜かれたらビリになると思い、最後の力を振り絞って逃げたら、彼はあきれていた」

▼ゴール直後は観客と一緒にカンボジアコール

 「ゴールの瞬間は気持ちよかった。直線コースに入ると観客席は満員。雨が降ったけれど、最後は日も差して、映画のラストシーンのようだった。ゴール後は観客がカンボジアコールをしてくれたから、芸人として盛り上げた。5分ぐらいやったかな。日本でも経験したことのないサイン攻めにあったし、10カ国くらいのマスコミのインタビューも受けた」

▼ツイッターが大人気

 「一生懸命走っても、記録はどうにもならないところがあるので、少しでも話題になればと選手村の様子をツイートしたんです。五輪期間中はツイッターのフォロワーは増えて4万もいたのに、終わってからは2000以上も減った。五輪終わったからって、フォローを外すかな」

▼選手村生活を満喫

 「普通は競技が終わった選手は帰るのに、カンボジア選手団は7月30日のリオ入りから閉会式の3日後に出国するまで、25泊も滞在していた。だから、選手村のことは詳しいですよ。5000人も入る、広い食堂は24時間やっていて、何を食べて飲んでも無料。トレーニングルームもあって、サウナやマッサージも利用できる。レース前には理容室で髪を切りました」

▼超一流選手との遭遇に興奮

 「食堂では陸上男子100メートルのボルトやガトリンにも会いました。一番興奮したのがボルトかな、緊張で自撮りもブレたけれど、世界一速い男は気さくでした。卓球の福原愛ちゃんとも食堂で会ったけれど、番組で卓球をしたり親交があったのに『猫さん、ここで何してるんですか』って聞くんです。『おれも選手、選手』と答えたけど、愛ちゃんは僕がマラソンのカンボジア代表だということを知らなかったんです。本人は『海外遠征が多くて日本のテレビを見ていないから』と弁解してました」

▼閉会式でも人気者

 「日本選手団と一緒になって、男子100メートルの山県選手たちと写真を撮りあった。マラソンのテレビ中継を見て、僕のことを知った他の国のかわいい女の子から声を掛けられたりして最高でした」


◆猫の歩み

 ・1977年8月8日千葉で猫誕生

 ・目白大文学部卒業後2001年3月芸人デビュー

 ・「ポーツマス、ポーツマス」「ニャー」で人気者に

 ・07年 結婚

 ・11年 女児誕生

 ・11年 カンボジア国籍取得

 ・12年 ロンドン五輪一時内定も取り消し

 ・16年6月 リオ五輪カンボジア代表選出

 ・   8月 リオ五輪マラソン出場

 ・ゴールまで2キロ壮絶なビリ争い

 ・ブービーも感動のカンボジアコール

 ・4年後43歳だけどタイムまだ伸びる「頑張るぞ」

 ・毎日30キロ練習だ~

 ・20年東京五輪完走だニャー「ゴール」

(2016年12月7日付本紙掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。

カンボジアと日本の国旗を持ちポーズを決める猫ひろし
カンボジアと日本の国旗を持ちポーズを決める猫ひろし