選手と恋愛する!?  日本レスリング協会強化本部長の栄和人氏(56)は、刺激的な言葉で金メダル量産の秘訣(ひけつ)を明かした。総監督として臨んだリオデジャネイロ五輪では競技別で最多の金メダル4個を獲得。選手を愛し、生活のすべてをささげる指導が、14人の世界女王を育て上げた。独特なキャラクターでテレビにも引っ張りだこの名物監督は、還暦で迎える20年東京五輪に向けても選手との恋愛を続ける。

全日本女子レスリング栄和人ヘッドコーチ
全日本女子レスリング栄和人ヘッドコーチ

 女子レスリングが五輪に採用されて4大会、栄氏は金メダルとともにあった。肩車され、投げられ、喜びを爆発させてきた。次々と世界女王を誕生させる秘訣を「選手と恋愛すること」だという。この言葉に、金メダル監督のすべてが詰まっている。

 栄氏 恋愛なんて言うとふざけていると思われるけれど、オレはまじめ。大切なのは、選手を好きになること。好きにならないと本気で指導できない。本気で勝たせたいと思えない。好きな人のためなら、どんな犠牲も払える。全身全霊をかけて指導ができる。オレは(至学館大で練習する選手は)みんな好き。恋愛をしていると思っている。

 栄氏の指導哲学を端的に表現したのが「恋愛」というわけだ。さすがに、怜那夫人(37)は「何を言い出すかと思ってハラハラして見ています。ちゃんと伝わればいいけれど」と苦笑いだが、本人はテレビのバラエティー番組でも口にする。「何を言ってるの」というツッコミを喜んでいる様子もあるが、言っている本人はいたって真剣なのだ。

 栄氏 女性と恋愛をすれば、責任が生まれる。選手も同じ。強くする、勝たせるというのも指導者の責任だから。そのためなら、何でもできる。だから「恋愛すること」。1日24時間、1年365日、常に選手のことを考えていたい。

女子レスリング栄監督の恋愛指導論
女子レスリング栄監督の恋愛指導論

■「うざったい」と酷評されても

 決して大げさではない。好きだから、常に一緒にいたい。練習だけでなく、私生活も。96年に中京女大付高(現至学館高)に体育教師として赴任すると、自費でマンションを購入して選手を住まわせた。07年には自腹で4000万円のローンを組み、一軒家を購入して選手寮にした。練習だけでなく、私生活も徹底して管理した。食事はもちろん、洗濯や掃除の仕方まで厳しく指導した。

 栄氏 ちゃんと食べているかとか、休んでいるかとか、何をしているかと気になる。自分で確認しないと気が済まない。リオの後に立派な選手寮ができたけれど、やっぱり様子は見に行くかな。選手たちには嫌がられるかもしれないけれど、それも指導だから。

 選手たちは栄氏を「しつこい」「うざったい」「粘着質」と酷評する。レスリングだけではなく、生活面も細かく注意される。いつ現れるか、どこで見られているかも分からない。もはや「ストーカー」に近い存在だ。それでも「いうことは当たっている」「信頼できる」と選手たち。リオ五輪63キロ級金メダル獲得直後に栄氏を投げた川井梨紗子は「何か言われた時は頭にくることもあるけど、本当に私のことを考えてくれている」。もちろん、川井に恋愛感情はないが、そう言われれば栄氏も男冥利(みょうり)、いや監督冥利に尽きる。

 栄氏 選手にどう思われるかよりも、選手をどう思うか。指導は感性。理屈で考えたり、計算したりするものじゃない。常に一緒だから選手のことはよく分かる。何をどう言えればいいかとか、自然に分かる。感性で指導するというのは、そういうことだと思う。

■本気になった!!「責任とった」 2度教え子と結婚

 栄氏は決して器用なタイプではない。集中すると周りが見えなくなってしまうこともある。だからこそ、練習は世界一厳しい。五輪4連覇の伊調馨も高校入学後「3日目で泣いた」と振り返るほどだ。監督が本気だから、選手も本気。常に練習を見るために自分の用事があると、急に練習時間を変えることもある。すべて100%。最も嫌うのは「妥協」だ。

 栄氏 90年に女子の指導を始めた時は、選手兼任だった。でも、高田さん(裕司・現日本協会専務理事)に「中途半端はやめろ」と言われて選手をやめた。現役時代に死ぬ気で練習したように、今度は死ぬ気で指導した。女子の指導なんか手本にするものもないし、選手としてやってきたことをやるしかなかった。

 選手の指導に気持ちが入りすぎて、本気の恋愛になったこともある。最初の結婚も選手、今の怜那夫人も教え子だ。それも「責任をとった」のだと笑う。選手の恋愛について「ダメだと言っても、するでしょ」と話すが、婚活中の吉田を筆頭に世界一の猛練習で「恋人を作る時間もない」と、選手たちは声をそろえる。

■モテたいから頑張っていたけど…

 栄氏 やるからには、徹底的にやる。妥協したら負けだから。実はもう1つ、高田さんに言われたことがあるんだ。アテネ五輪後、オレの髪の毛を見て「中途半端はやめろ」って。やっぱり女の子にモテたいから頑張っていたんだけど、それでそった。今は、すっきりしていいけどね。

 すっかりトレードマークになった頭をさすりながら笑った。男子に比べて競技人口も少なく、いち早く取り組んだ日本がメダルを量産してきた女子レスリングだが、世界の進歩も著しい。だから、立ち止まることは許されない。名物監督の「恋愛」も続く。【荻島弘一】

 ◆栄和人(さかえ・かずひと)1960年(昭35)6月19日、鹿児島県奄美市生まれ。鹿児島商工でレスリングを始め、日体大1年まで116連勝を記録。87年世界選手権フリー62キロ級で3位、88年ソウル五輪出場。90年から京樽で女子レスリングの指導を始める。96年に愛知・中京女大付高(現至学館高)に赴任し、03年から中京女大(現至学館大)監督。08年から日本レスリング協会女子強化委員長、14年から同協会強化本部長を務める。

■4競技でいくつ?東京五輪も期待!!

 日本が手にした夏季五輪金メダルのほとんどを占める柔道、競泳、体操、レスリングの「御四家」。リオ五輪で結果を残した4人の指導者たちは、歩みを止めることなく東京五輪を目指す。3年後の目標は金メダル数で世界3位。30個は必要な計算になる。量産競技でいくつ取れるか。4競技の選手たちの頑張り、そして4人の指導者の手腕にもかかってくる。

(2017年2月15日付本紙掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。