【高砂部屋の面々〈12〉】朝紅龍&朝翠龍兄弟 サンドバッグに込められた亡き母の夢

兄弟関取の朝紅龍(27)と朝翠龍(25)が、特別な場所で奮闘しました。出身の大阪府で行われた春場所を、東前頭12枚目で臨んだ朝紅龍は9勝6敗、東十両2枚目で臨んだ朝翠龍は6勝9敗。ご当所で兄弟そろって勝ち越しとはなりませんでしたが、悲しみを乗り越え、15日間を戦い抜きました。実は場所前の2月27日朝、母の石崎直美さんが58歳の若さで亡くなっていました。母が夢見ていた、兄弟そろっての幕内土俵入り、さらには兄弟同時三役を目指していく決意を、にじませていました。

大相撲




3月22日、春場所千秋楽で琴勝峰に敗れた朝紅龍。この取組後、涙ながらに母の死を打ち明けた

3月22日、春場所千秋楽で琴勝峰に敗れた朝紅龍。この取組後、涙ながらに母の死を打ち明けた

千秋楽に号泣「天国の母が『自慢の息子』と…」

千秋楽の取組後の支度部屋で、朝紅龍は号泣していた。それまで胸の内に秘めていた母の死を報道陣に打ち明けると、あふれる涙をこらえ切れずにタオルで顔を覆った。「場所前に母が亡くなり『よりいっそう頑張らないと』と思って戦ってきました。母とは『今年中に三役に上がる』と約束しました。天国の母が『自慢の息子』と言えるよう、これからも頑張ります。それが母の願いですから」。声を震わせて話していた。

約3年前に母直美さんにがんが見つかった。すでに「ステージ4」。がんは、十二指腸から肝臓に転移していた。朝紅龍は「自分が新十両に昇進したころ。その時に『余命1年』と言われていたのに、よく頑張りました。幕内に上がったところも見せられて、よかったです」と、しみじみと語った。


3月22日、春場所千秋楽で北の若(右)を寄り切りで破った十両の朝翠龍。白星締めで母を悼んだ

3月22日、春場所千秋楽で北の若(右)を寄り切りで破った十両の朝翠龍。白星締めで母を悼んだ


弟の朝翠龍は日体大を卒業後、1度は教員として社会人の道に進んだが、1年後に高砂部屋の門をたたいた。直美さんの願いをかなえたかったことが最大の理由だ。朝翠龍は「母が大相撲に進むのを望んでいたので。教員はまたなることもできるけど、大相撲は今しかないと思って。何とか母に、関取になった姿を見せられたのはよかった」と明かした。


6歳上の姉晴香さんと記念撮影に納まる、明徳義塾1年時の朝翠龍(右)と同高3年で2歳上の兄朝紅龍

6歳上の姉晴香さんと記念撮影に納まる、明徳義塾1年時の朝翠龍(右)と同高3年で2歳上の兄朝紅龍

初日9日前 最期看取れた運命感謝

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1999年入社。現在のスポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。