大学駅伝で年度3冠を達成した陸上界の名将2人が、20年東京五輪へマラソン復活策を提言した。青学大の原晋監督(50)と元早大で現在は住友電工陸上競技部の渡辺康幸監督(43)。現場で感じる秘めた思い、陸上界発展のための私案を語り合った。2人のトークは、選手の強化策から陸上の総本山建設計画まで及んだ。【取材・構成=田口潤、益田一弘、上田悠太】

住友電工の渡辺監督(左)と青学大の原監督
住友電工の渡辺監督(左)と青学大の原監督

■求む!!具体的指標 3年後逆算計算で協力したいんだ

 8月の世界選手権(ロンドン)の男子マラソン代表の3人は井上大仁(24=MHPS)川内優輝(30=埼玉県庁)中本健太郎(34=安川電機)になった。若手は井上のみ。2人はベテランの域に入る。

 渡辺 選考基準からすれば順当。男子は、現時点の成績重視で3人が選ばれたけど、ベテランより若手にチャンスを与えた方が良かったんじゃないかな。川内君は今回の世界選手権で代表を引退するらしいし。

 原 基準通り選ばれましたけど、東京五輪が意識されてないところが少しクエスチョン。東京五輪を見据えた世界選手権という流れが作られてない。

 実業団と大学。フィールドは違うが、ともに同じ思いがある。東京五輪へ向けて明確な強化指針を立てる必要性を訴える。

 原 日本陸上界だけでなく、社会的に公言していく。陸上界はこういう方針で東京五輪に向けて頑張っていくんだと。日本陸連として組織で戦おうとしているのか、実業団に任せて戦おうとしているのか、組織の物事のとらえ方が確立されてないですよね。実業団に任せるなら、支援金や情報なりを伝えていかないといけない。強化指定に選ばれた選手は3年間のタイムテーブル表を作っていい。1年間の合宿、指定試合、タイム、目標値、3年後の逆算のプロジェクトを作る。

 渡辺 結果を出したいなら日本陸連は、きちんとした指標を見せてもらいたい。その方が我々も協力できる。例えば、東京五輪は夏で我慢の大会となるから、暑さに強くて一番長く走れる人を選びたいとか。そう言ってきたら、それができる選手を合宿に送ることもできる。実業団は選手を「瀬古さん、坂口さんにお預けをします」でいいと思っている。僕らの世代は瀬古さんを尊敬してます。協力したいのですけど、どういう風に具体的に協力すればいいのか分からない。選手を合宿に参加させてくれと言われれば、行かせるつもりでいますよ。

 原 現場サイドはオッケー。

 渡辺 でも、パスが来ないんですよ(笑い)。

 原、渡辺 パス、おーいって(笑い)。

 そう言うと、2人は両手を挙げた。

 原 瀬古さんは日本陸上界を花形にしてくれた方。我々はそれを応援する必要があるんです。

 渡辺 一番良くないのは、東京五輪で結果が出なくて、その責任を瀬古さんが取らされて辞めること。それだけは避けたい。

過去10大会の男子マラソン五輪成績表
過去10大会の男子マラソン五輪成績表

 マラソンの日本記録は、02年に高岡寿成がマークした2時間6分16秒。高岡は00年シドニー五輪で1万メートル7位入賞。トラックで勝負が難しくなる31歳でのマラソン転向だった。トラックを〝引退〟してからマラソンへ―。そんな「高岡式」が現在の主流。ただ2人は疑いの目を向ける。

 原 高岡君のやり方は否定しない。でも彼は若い頃、マラソンの練習ができなくて、遅れてやった。それが、さもマラソンのいいやり方と定着した部分がある。マラソンは1500メートル、5000メートル、1万メートルをやってからでもいいと。

 渡辺 マラソンは回数。早くに挑戦できることに越したことはない。川内君みたいに何十回と走れれば、スタミナの蓄積もあって成功するでしょう。

 原 仮に28歳で初挑戦し、2時間13分台ではだめ。20歳で2時間15分を切るんだったら、この先に夢がある。

 渡辺 我々の時代は瀬古さん、中山(竹通)さんを見ている。マラソンで活躍すれば、箱根駅伝よりもおいしいと思って、苦しくてもスタートラインに立っていた。今の子はスタートラインに立つのを怖がっている。結果が悪かったら、たたかれる。ハイペースで先頭集団についていけないからテレビにも映らない。注目もされない。日本が停滞してるここ10年ぐらい、おいしくない競技になってしまっている。原さんのように「箱根駅伝の延長線でスタートラインに立とうよ」みたいな感じでいいんですよ。

■求む!!ショーアップ 経営者的考えをライバルは野球サッカー

 注目度。それも競技の発展、記録の向上のキーワードと唱える。

 原 マスコミから相手にされない組織は衰退する。みんなから注目される組織にしないと、国内の身体能力の高い選手が入ってこない。ライバルはサッカー界、野球界。ただ単に競技力の向上を目指すだけでなく、露出することがいいことという認識にしていかないといけない。現役選手からCMを5本撮りましょうという目標が日本陸連にあってもいいんですよ。テレビに出るのは悪いことぐらいに思っている人もいる。

 渡辺 経営者のような考えの人が陸上界に少ない。

 原 国立競技場5万人大作戦ですよ。ショーアップ、ライトアップ、音楽を流し、お祭りのようにしてテレビ中継もやったら、簡単に日本記録が出ると思います。日本記録を出したら1億円。確かにそれもうれしいけど、その前にやることがある。閑古鳥の鳴くところより、注目を浴びた方が走れる。スタジアムに5万人を入るようにするのが日本陸連のやることですよ。

■求む!!陸上総本山 ゴルフ場購入で借金をしてでも!!

 アイデアは次から次に続く。陸上界の「総本山」の建設計画もぶち上げた。

 原 廃業するゴルフ場を買って、スポンサーを付けて、そこを陸上の総本山にする。クラブハウス、大浴場、食堂、場合によっては宿泊棟もある。カート道でロード走もクロカンもできる。コースで坂ダッシュもできる。陸上の総本山にもなる。

 渡辺 陸連が買ってくれれば(笑い)。

 原 お金をためて、練習拠点を造るとかそういう発想がないとダメ。日本は交通事情やグラウンドに傷がつくとかで、パラリンピックのマラソンの練習場所が少ない。ゴルフ場のカート道を少し広げることによって、オリンピックの車いすの練習会場にもなる。長野、新潟あたりは東京からも近いし、標高も高い。

 渡辺 サッカーのJヴィレッジのような場所ですね。

 原 18ホールと広いわけだから、コースによっては短距離コースもあれば、他のコースではハンマー投げ、やり投げもできる。

 渡辺 現実的に買うとなった時はどこかに借金しないといけないでしょうが、本当にやったら、陸連って長距離を強化するために本気だなと、なるでしょうし、何か大きい改革をやって欲しい。

 原 見える形があるものを造らないとね。維持管理が大変なんでしょうけど。株式会社化したりして運営のスタッフを陸上界の就職先のうけ皿としたり。マラソン大会ややり投げ大会もできて、収益も生まれる。俺のリサーチでは5億~10億ぐらいで買えるんですよ。

 破天荒にも思われるかもしれない改革案。それを現実的に考えている。

住友電工の渡辺康幸監督(左)と青学大の原晋監督-2
住友電工の渡辺康幸監督(左)と青学大の原晋監督-2

 ◆瀬古利彦と中山竹通(たけゆき) 1980年代の日本マラソン界を引っ張った2人。瀬古が3歳年上で77~88年にかけてマラソン15戦10勝、五輪は84年ロス大会14位、88年ソウル大会9位。中山は83~92年にかけて16戦5勝、ソウル大会4位、92年バルセロナ大会4位。因縁が深まったのはソウル大会選考会。12月の福岡国際の11日前、瀬古が左足首のはく離骨折で欠場を発表。中山は「僕ならはってでも出る」とコメントしたが「はってでも出てこい」と意訳されて広まった。意外にも2人の直接対決はソウル大会と中山の初マラソンだった83年の福岡国際だけで、1勝1敗。

 ◆世界選手権の代表選考 男子マラソンの代表枠は最大3。福岡国際、東京、びわ湖毎日で日本人最上位かつ派遣設定記録の2時間7分以内をマークすれば自動的に内定。これで枠が埋まらない場合、3大会の日本人3位までと、別大毎日の日本人1位を対象に、天候やタイムなどを総合的に勘案し、活躍が期待される選手を選ぶ。複数の選考会に出場した場合は、派遣設定記録に到達しない限り、最初のレースが評価対象。

 ◆渡辺康幸(わたなべ・やすゆき)1973年(昭48)6月8日、千葉市生まれ。中学で陸上を始め、千葉・市船橋高を経て早大進学。箱根のエースとして活躍し、3度の区間賞と1度の区間新をマーク。96年エスビー入社、02年に引退。04年4月に早大競走部の監督に就任。10年度は出雲、全日本、箱根駅伝と3冠獲得。15年4月から住友電工陸上競技部の監督に就任。

 ◆原晋(はら・すすむ)1967年(昭42)3月8日、広島県三原市生まれ。中学で陸上を始め、広島・世羅高3年で全国高校駅伝準優勝。中京大を経て89年に中国電力陸上部創設とともに入社。95年引退。同社で営業職を務めた後、04年4月に青学大陸上部監督に就任。09年大会で33年ぶりに箱根駅伝出場。今年は史上初の箱根駅伝3連覇&大学駅伝3冠達成。(2017年4月5日付本紙掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。