深山揚<山家料理 鳴瀬>
西木屋町・高瀬川沿いに店を構えて76年目。創業した昭和9年当時は、高瀬川の川幅はもっと広かったと言うが、時代とともに窓から見える景色も変わった。店名は当時、川の水が音を立てヒューヒューと鳴っていたことに由来するという。
料理は河井勇氏(67)が1人で切り盛りする。包丁を握って半世紀、「山には炭やき海には塩くむ元祖の料理」という山家料理をテーマに独創的なメニューを提案してきた。木屋町の雑踏を忘れてしまう落ち着いた大人の店で、リラックスして料理と日本酒を味わう隠れ家のようだ。
深山揚(みやまあげ)
京人参、栗、芽深、タラの葉、アボガド、しめじ、くわい、筍、ウド…。約20種類の山の野菜を天ぷらで揚げた。パリッと塩をふって、レモンを絞っていただく名物だ。
特に京人参は「金時にんじん」とも呼ばれ、冬の京野菜の代表格だ。正月へ向けその紅色がめでたい色と重宝される。天ぷらにしてもサクッと味わい軽く、「おかず」というより酒の肴だ。しつこくなく、いくらでも食べられる。他にもあっさりとした野菜が並ぶ。「できるだけ旬のうまさを自然に味わって欲しい」。主人の思いが詰まった素朴な、しかし贅沢な逸品となっている。
山家豆腐(やまがどうふ)
山形・庄内地方の出羽三山で修行した行者の精進料理「六浄豆腐」。塩蔵して乾燥させた豆腐で、昔は保存食として珍重された。特に塩抜き加減が難しいという。薄く削り、荏胡麻(えごま)を振っていただく。「鳴瀬」の山家豆腐はかみごたえがあり、塩分控えめだ。キュッと純米酒を合わせるのが粋だ。
ポテトサラダの酒粕和え
お馴染みのポテトサラダに酒粕をあえた。一手間加えるだけで香り、風味はもちろん、芳醇な味わいが加わった。「玉乃光の酒粕をこだわって使って来た」と主人。シンプルな組み合わせは旨さを消し合うことも多い。このサラダは、ポテトの甘さと酒粕の芳醇さがにごりなく両立する。
酒粕豆腐
酒粕豆腐は裏ごしした粕を豆腐に合わす。大豆からこだわった自家製で、豆乳段階で手を加える。「香りが大切なので、玉乃光の粕を長年使っている」と、主人の蔵元への信頼は厚い。一口目に酒粕の芳醇な香りが口いっぱいに広がる。二口目に自家製の醤油、味噌をお好みで合わせると、豆腐はまた違う風味を見せる。その変化を口に含んだ純米酒で楽しむ。微かな味の変化を舌で汲み取る。そんな研ぎ澄まされた空気が「鳴瀬」という空間にはある。
安納芋、海老芋、生柿の和え物
安納芋は蜜芋とも呼ばれ甘い。紫芋とともに種子島の甘藷。水分が高く、生で16度の糖度は火を入れると40度を超える。一方でカロリーが低く健康的だ。ここに、京都野菜でえぐ味の少ない海老芋と、旬の生柿を加える。1度に食べると、クリームのような安納芋の甘さと、きめの細い海老芋の甘さ、ねっとりとした生柿の甘さが複雑に絡み合う。その甘さを口に含みながら、純米酒を浸透させると贅沢な気持ちになる。
山家料理 鳴瀬
当時も今も変わらぬ落ち着いた雰囲気が常連を離さない。建物は昭和初期のもので、50年前に改装した。半世紀以上前の客が再訪し、「ちょっと店の感じが変わったなあ」と感想を漏らしたときは店の歴史の長さを改めて感じたと言う。2階は座敷で20人収容可能。畳敷きの部屋は旅館のようでもあり、昭和の空気が留まるようでもあり、懐かしい。
看板料理の「鳥山焼き」(丹波地鶏と大山地鶏を2種類を石焼きしたもの)も併せて堪能したい。
◇住所 京都府京都市下京区西木屋町四条南入ル
◇電話 075・351・4460
◇営業時間 11:00~15:00 17:00~21:00
純米吟醸 祝
「祝」は昭和8年京都府立農業試験場で「野条穂」の純系分離によって生まれた吟醸酒向きの良質酒米だ。稲の背が高く倒れやすいことで昭和49年以降、姿を消していたが、伏見酒造組合の働きかけによって京都府立農業総合研究所などで栽培法を改良、平成4年には約20年ぶりに伏見で「祝」の酒が復活した。
この京都産「祝」を麹米、かけ米それぞれ100%用いた純米吟醸酒は淡麗な味と独特の芳香が特徴的。