エンゼルス大谷翔平投手(26)も加わっているメジャーの本塁打王争いが熱い。大谷のライバルにはロナルド・アクーニャ外野手(23=ブレーブス)、ウラジーミル・ゲレロ内野手(22=ブルージェイズ)、フェルナンド・タティス内野手(22=パドレス)ら若きスター選手が何人もおり、華々しいキング争いとなっている。
そんな中で、異色のライバルといえるのがホセ・アドリス・ガルシア外野手(28=レンジャーズ)だ。18年にカージナルスでデビューしたが19年はメジャーでの出場がなく、レンジャーズ移籍後の20年はわずか3試合の出場。今季は3年目とはいえまだ新人の立場で、開幕前には誰も活躍を予想しておらず、まったくのダークホースという存在だ。それが大谷のライバルとなり、今やレンジャーズには欠かせない攻撃の要となっている。
チーム内では貴重なムードメーカーで、盛り上げ役にもなっている。会心の1発を放ったときには派手なバット投げを披露し、バットにキスのパフォーマンスも。本塁打を放ってベンチに戻ると、チームメートに「I am the man!(オレってすごいだろ!)」とドヤ顔で喜んだこともある。新人らしからぬ豪胆さで、まるでわが世の春を満喫しているかのようだ。
しかしガルシアといえば、16年に巨人に入団し、1軍では4試合で7打数無安打と散々な成績で即退団と、外国人選手の歴史の中でも最も影が薄い1人といっていい存在だった。当時と比べてあまりに人が変わったような現在の姿だが、一体何があったのか。
ガルシアが来日した当時のことを調べてみた。巨人を退団した理由は日本の文化や日本食が合わなかったからとも伝えられているが、実際はどうだったのか。当時のキューバの記事によると、ガルシアと巨人の契約は16年4月20日、ハバナにあるキューバの有名な野球場ラティーノアメリカーノスタジアムで、キューバ野球連盟の会長も同席し、大々的に行われた。来日に際しては、母と妻も同行を許可されるなど、好条件の日本球界入りだったという。
しかし巨人を退団しキューバに帰国する途中に亡命。5月24日付ダラス・モーニングニューズ電子版によると、日本から経由地のパリへ飛び、そこからキューバ行きのチケットを捨てドミニカ共和国行きのフライトに乗ったという。妻のヤスマリスさんは同時期にキューバの南東にあるハイチへ渡り、そこから陸続きのドミニカ共和国に入ってガルシアと合流し、夫婦一緒の亡命だった。20年3月のジ・アスレチックのインタビューで、ガルシアは16年初めにはメジャーを目指し亡命しようと決めていたと話している。だとすれば、日本に来た時にはすでに決めていたことになる。心はすでにメジャーだったのか。その夢をかなえ、今やトップ強打者の仲間入り。最近の米メディアのインタビューでは「今のこの一瞬、一瞬、すべてが楽しい」と話している。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)




