「投げる科学者」は最強の助っ人になるかもしれません。MLBで最高の投手に贈られるサイ・ヤング賞を、しかも、わずか3年前の受賞者が日本球界に上陸しました。DeNAのトレバー・バウアー投手(32)です。
個人的には、1987年にヤクルト入りしたボブ・ホーナー以来の衝撃です。マイナー経験なしの超エリートで、来日前に1試合4本塁打も記録した現役バリバリの「怪力」スラッガー。来日初戦で初本塁打、翌日は1試合3本塁打を神宮でかっ飛ばし、「ホーナー現象」なる流行語も生まれました。
バウアーは、そのホーナーと同じ5月のゴールデンウイークに鮮烈デビュー。横浜スタジアム最多動員となる3万3202人の観衆を集め、7回7安打1失点の好投で初登板で初勝利を飾りました。野球人としてのルーツは、父の存在なくして語れません。
父ウォーレン氏は野球の経験がなく、化学エンジニアでした。そこで息子に「野球を科学的に考えて欲しい」とトレーニングに一工夫を求めました。ココナツを投げて腕力を鍛えることから始まり、くぎを打ち付けて重くしたソフトボールや、中身をくりぬいて砂や釣りの重りを入れた野球のボールなど。一風変わった物を投げることで、投手としての才能を磨きました。
そして、父がコロラド州の大学で工学の学位を取得したように、自身は名門カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)で機械工学を専攻。「野球を科学する」ことをテーマに、練習に取り組みました。
UCLAでは、現ヤンキースの右腕ゲリット・コール(32)が同学年のチームメートでした。当時の2人には、トレーニング方法を巡って確執もあったようですが、2011年のドラフトではコールが全体1位でパイレーツ、バウアーが全体3位でダイヤモンドバックスに指名されて入団しました。コールは最優秀防御率や2度の奪三振王に輝くなど、今やメジャーを代表するエースに君臨。バウアーも2020年に初タイトルでサイ・ヤング賞と最優秀防御率を獲得しました。
バウアーはプロ入り後も、独自のトレーニング方法を編み出しています。シアトルの最先端トレーニング施設「ドライブライン」との共同で、重さの違うボールを使用するなどの新しい練習メニューを開発。エンゼルス大谷翔平投手(28)も重さの異なる色違いのボールを壁に当ててウオーミングアップしているように、科学的トレーニングのパイオニア的存在となりました。
その発想は、個性派ぞろいのMLBでも、異端児的なところがあります。米球界では常識外れな120球以上の登板試合が何度もあったことから、「ワークホース(馬車馬のように働く人)」にたとえて、「独学のワークホース」「唯一無二のワークホース」と称賛されています。今回の来日時には、NPB公式球の特徴について、ボールを割る実験を行ったと聞きます。研究熱心なバウアーを物語るエピソードです。
サイ・ヤング賞経験者が日本球界でプレーするのは、史上2人目です。第1回1956年受賞者のドン・ニューカム(元ドジャース)は1962年に来日。ただ投手としてのキャリアは終わっており、中日で現役最後の年となった36歳シーズンは野手登録でした。サイ・ヤング賞の看板で投げるのは実質、バウアーが初と呼べるでしょう。
ホーナーは帰国後、「地球の裏側にもう1つの違う野球があった」という著書を出し、1年で日本球界から去りました。バウアーが日本球界に新たな衝撃をもたらすのか、否か-。「バウアー現象」として定着したとき、DeNAにとって25年ぶりの日本一が、グッと近づくはずです。(大リーグ研究家・福島良一)




