ブレーブスなどで23年間プレーし数々の偉業を遂げた歴代屈指の打者、ハンク・アーロン氏が22日、86歳で死去した。複数の米メディアが伝えた。

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真夏の千葉・成田市のナスパ・スタジアム。約130人の子どもたちの前に姿を現した恰幅(かっぷく)のいい黒人男性は、右手でつえをつき、薬指に金の指輪が光る左手でマイクを握った。サングラスがよく似合う81歳。「これがハンク・アーロンか」。

15年8月4日。ソフトバンク王球団会長と日米のホームラン王がそろい踏みした「第25回世界少年野球大会・千葉大会」の取材だった。名前だけはよく知っていた。一体どんな人なのか…妙にわくわくしながら登場を待ち、想像通りの威厳全開こわもてムード。「やっぱり、この雰囲気だよな」と妙に納得したが、声を聞いてイメージは覆った。

「夢と希望を忘れないで。今日のこの機会を、楽しんで下さい」

柔和な語り口に、サングラスを外すと優しい瞳。王会長と打席に立った始球式では球が腕に当たるハプニングもあったが「びっくりしたけどね。痛くはなかったよ。王さんといい思い出になりましたね」と笑い飛ばした。

つえを使っていたのは左足を痛めていたそうで、移動は車いすでも笑顔が絶えなかった。「子どもたちの笑う顔を見ると、頑張らないといけないね」「王さんとの友情で(大会を)続けてこれてうれしい」と繰り返していた。アーロン氏の背景を知れば知るほど、うなずける言葉たち。たった一度の取材機会は、日刊スポーツの最後の同氏取材になった。【佐竹実】