かつてプロの世界で活躍した野球人にセカンドキャリアを聞く「ザ・インタビュー~元プロ野球選手たちのセカンドステージ」に昨年登場した元近鉄投手の高柳出己氏(56)に現在の状況を聞きました。少年野球教室の運営、整骨院、就労支援事業所も経営する同氏は新型コロナウイルスによる影響とどう向き合っているのか…。「ザ・インタビュー特別編」としてお届けします。【取材・構成=安藤宏樹】

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高柳氏が近況を語る口調は現役時代と変わらず、淡々としていた。

「野球教室は2カ月ほど休止状態が続きましたが、今は通常に戻っています。整骨院に訪れる患者さんも元に戻りつつありますが、自粛要請が続く間はこれからどうなるのか。自分と向き合う時間が増えて、いろいろ考えたことは確かですね」。

現役引退後に大阪・羽曳野市内で立ち上げた少年野球のスポーツアカデミーは緊急事態宣言が発令された約2カ月間、完全閉鎖となった。巨人の山下航汰外野手(19)や米大リーグ・ロイヤルズとマイナー契約した結城海斗投手(18)ら多くの有望選手を輩出してきたアカデミーは第2の人生の礎となった。開業時、高額ローンを組んで借りたばかりの倉庫を大改築した。そこに作った練習場から初めて球音が消えた。「焦りは禁物」。引退後、成功に導いてくれたキーワードがコロナ禍の今、再び頭を駆け巡った。

現役引退直後は歩むべき道がまったく見えず、途方に暮れていた高柳氏に京都の軟式野球チームからコーチとして声がかかった。そこで練習に参加しながら、将来設計を練り上げる時間と人との出会いの機会が生まれた。昨年のインタビューで同氏はこう話していた。

高柳氏 最初は教員免許を取得しようかと考え、通信制の大学で勉強もしていたのですが、ちょうどそのころ整骨院を経営されている方に出会い、現在の道につながりました。子供たちに野球を教えるアカデミーもセットにして、というのが自分としては絶対条件でしたのでそれに適した物件に初めて通った道で出会ったというのも運命的だったように思います。(軟式野球チームで)考える時間をいただいたことが大きかった。焦って何か手っ取り早い事業を始めていたら失敗していた可能性は高いと思います。

有り余る時間は不安を拡大させることもある。だが、「焦りは禁物」と言い聞かせ、将来に向けてじっくり考えを巡らせることを優先させた。

「新しい事業はいろいろ考えています。ただ、焦るつもりはありません。M&A(合併、買収)も含めてあらゆる可能性を模索したいな、と思っています。パワーは落ちていますけどね(笑い)」。

混迷の時代がたとえ訪れようとも、そこに対応すべき道は必ずどこかにあると信じて準備を重ねる。そして決断したら迷わず実行する。引退後の成功体験が今後もベースとなるのだろう。最後に多くの野球少年が訪れるアカデミーの今後の運営策としてオンラインの活用もあるのか、と尋ねると笑いつつも即座に否定された。

「野球は別です。オンラインでキャッチボールもティー打撃もできないでしょう。今、軟式野球チームに所属している末っ子が来年から中学なので、そこにもしっかり向き合ってあげたいな、と思っています」。

どんな時代になろうとも、野球との関わり方を変えるつもりはないようだ。

◆高柳出己(たかやなぎ・いずみ)1964年(昭39)6月2日生まれ。埼玉県出身。春日部工、日本通運を経て87年ドラフト1位で近鉄入団。1年目から先発ローテーション入りし6勝をマーク。96年にロッテ移籍、同年限りで引退。通算119試合に登板、29勝30敗、防御率4・27。右投げ右打ち。現在は大阪府羽曳野市で整骨院とスポーツアカデミーを運営、藤井寺市で就労支援事業所も経営。大阪市立大学硬式野球部で投手コーチも務める。