ロサンゼルスに住む友人から電話。コロナ禍でヒマというよりも、日本人社会の交流が盛んらしい。外国で住んでいると、非日常の状況下にあっては母国語の日本語を話す人との交流が密になる。日本が恋しくなるのだ。

最近、その友人が、日本貿易振興機構(JETRO)の幹部と知り合ったという。私とは関係のない話だが、その幹部は私の著作の収集家でファンだというのだ。それでビックリした友人が、わざわざ私に伝えてくれたのだ。

意外に知られていないが、私は「日本ペンクラブ」創立80年の2016年11月、当時の浅田次郎会長から表彰された。ペンクラブは会員歴35年以上の永年会員を表彰、高名な作家22人の中に私も含まれていたため、浅田会長もビックリ。

レスリング指導のために国際交流基金からアフガニスタンに3年間派遣された。そのおり、滞在の日々の体験を記述しておこうと考え、日記風に毎日のように書きとどめた。テレビをはじめ娯楽がないので、書くしかない。

帰国後、次々に出版社が刊行してくれた。第1作「アフガン褐色の日々」(中公文庫)は、NHKラジオの「私の本棚」で朗読された。書く修業などしたためしがないのに、内容が珍しかったのに加え、レスラーの視点が特異だったのかもしれない。

で、直木賞作家の早乙女貢氏と写真家の並河萬里氏が、ペンクラブ会員に推薦してくださり、井上靖会長(当時)に紹介された。以後、スポーツの専門書やプロレス関係書、そしてよく売れた「もっとワルになれ」(ごま書房)等を書きまくる日々だった。

ロスの友人は、ジェトロの方から「もっとワルになれ」を借りて読んだという。900円の本だが、アマゾンで4000円もすると教えてくれた。今まで47冊も出版したが、アマゾンでは100円という本が多いのに、高くなっている本もあるのに私自身が首をひねる。

私には文才があるとは思えない。書く行為は脳を活性化させるという。ボケ防止、そのためにも書くのも楽しい。