日刊スポーツ社会面の名物コラム「政界地獄耳」が10月で、現在の2代目筆者となって20年を迎えた。政財界かいわいでは「愛読率」が高く、今夏の皇室典範改正をめぐっては、自民実力者の麻生太郎氏を藤原不比等にたとえ、その後の議論を引っ張った。第1次安倍政権から高市政権まで、日本政治が劇的に変わったこの20年を、筆者はどう見るのだろう。(敬称略)
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長期政権となった小泉純一郎の内閣が第1次安倍晋三内閣に変わったと同時に本コラムは前任者から引き継がれスタートした。
安倍、福田、麻生と自民党内閣は続いたが、いずれも衆参のねじれ状態の政権で1年間の短命内閣となった。安倍内閣で防衛庁は省に昇格し、福田内閣はねじれ国会で苦労した。そのころ水面下で自民・民主の大連立構想が進んでいたが、背後には読売新聞主筆・渡辺恒雄、元首相・中曽根康弘・森喜朗らが暗躍。首相・福田康夫と民主党代表・小沢一郎が2度に渡り会談、党に持ち帰った小沢は「このままいけば政権奪取できる時に連立は無意味」と元政調会長・仙谷由人らの強い反発を受け、幻の大連立は終わった。
与党や政府の経験がなく、役所とも付き合いが薄い民主党議員たちは政権に就いても即戦力にならず、その助走が必要と自民党のプランに乗った小沢は民主党純粋路線に負けた。結果、民主党政権は国民の期待を受けたものの、ありとあらゆる手段で与党復帰を計る自民党、霞が関の官僚、自民党に慣れたメディアに厳しく政権運営を攻撃された。
一番官僚に助けてもらわないと政治を前に進められなかった時期に事務次官会議の廃止、政務三役の政治主導など理想と現実の狭間をさまよい、政界の手練れたちに翻弄され予算委員会でも閣僚が立ち往生する状態だった。自民党から飛び出して民主党政権を作ったベテラン議員の数は選挙ごとに少なくなっていった。民主党は政権を経験する中で東日本大震災を経て得たものは多くあるだろう。しかし最大の失敗は原発事故から、かねてからくすぶっていた支援母体の連合、電力労組ら旧同盟系と官公労系の対立と重なり関係がぎくしゃくする。
中道保守と護憲リベラルの対立は決定的になり、しばらくして国民民主党が生まれる。保守系野党が生まれたのは連合の衰退と長期政権となった第2次安倍政権の時だ。安倍は自信に満ち、停滞していた日本政治を前に進めた。
現職の時、安倍に「政権批判は幾らでもやっていい。官邸も自民党への批判もいい。ただ野党も労組もその対象であるべきだ」と言われたことがある。確かに権力を持つ者を監視するのはメディアの役割りだ。ただし権力の監視役は野党の味方ではない。いずれも国民から見れば野党であれ政治家は権力の一部だ。本稿は絶えずそれを意識しているつもりだ。
それでも、安倍内閣の少し前から政治の世界はSNSに席巻される。不祥事には記者会見をもって説明責任を果たすのは政治の世界や政治家としての最低のルールだったが、SNSだけに答えて済ますことが増え、それをメディアもとがめなくなった。20年間、政界の裏面史を探ってきたが、一番変わったのは政治家の覚悟のなさと監視機能が薄れたメディア。そして国民の意識だろう。
国民にとってゴールポストは不変に見えるだろうが、正義とは時の権力によって変わる場合が多々ある。その時重たくて動かないゴールポストの位置を正せる役割に近づけるよう、これからも続けていきたい。(K)
◆政界地獄耳 日刊スポーツ社会面で1990年(平2)10月1日から36年続く名物コラム。匿名の筆者が永田町や官庁街の情報をいち早く入手し執筆。初代はW氏で、第1回は当時自民党幹事長だった小沢一郎氏の記事。06年10月2日付紙面から2代目のK氏が担当。初回は、第1次安倍政権の人事に関するコラムだった。政財界にとどまらず、創刊70周年(16年3月)紙面には、巨人やヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏が「社会面の連載『政界地獄耳』が大好きで、日刊スポーツを手にした時は欠かさずに読んでいます」とコメントを寄せてくれた。
◆06年~26年、日本政界の主な動き(肩書は当時)
▼06年 約5年5カ月政権を担った小泉純一郎首相退任、9月26日に第1次安倍政権が発足
▼07年 自民「政治とカネ」や体調不良で安倍晋三首相が辞任。その後、1年ごとに首相が替わる混乱期に
▼09年 麻生太郎首相が衆院選惨敗で自民党が政権失う。野党民主党が政権を握り鳩山由紀夫首相誕生も、米軍普天間基地移設問題の迷走、自身の政治資金問題などで約9カ月で辞任
▼11年 東日本大震災、東電福島第一原発事故発生。菅直人首相ら政権側の対応に批判が出る
▼12年 11月14日の党首討論で野田佳彦首相が自民・安倍晋三総裁に衆院解散総選挙を電撃提案。自民が圧勝し約3年ぶりに政権を奪還、第2次安倍政権発足。その後、野党による政権交代は実現していない
▼13年 改正公選法成立でネット選挙が全面解禁
▼15年 集団的自衛権行使を可能にした安保関連法が、大混乱の末に成立
▼16年 小池百合子氏が東京都知事選に初当選
▼17年 モリカケ問題で国会大紛糾。その後財務省の森友文書改ざんも表面化
▼19年 元号が「令和」に
▼20年 新型コロナウイルスの猛威始まる。憲政史上最長「1強」の第2次安倍政権に幕。安倍氏は22年に銃撃され命を落とす
▼24年 石破政権発足も翌年にかけ国政選挙2連敗
◆25年、高市政権発足
▼26年 衆院選で自民が歴史的圧勝。「高市1強」に

