「島旅」にひかれる。目的地に向かって、最後に「渡る」という感覚が好きなのである。その旅情がいい。窓の外に海を見ながら「あぁ、来たなぁ~」と期待感が膨らむ。そして帰りも「旅の終わり」をしみじみと感じられたりする。今回は「隠岐」への旅。「隠岐」ってどこ? そう言われる方もあるかもしれない。島根? 鳥取? 島根県である。日本海に浮かぶ島である。


800年の伝統を持つ「牛突き」は隠岐ならではの観光。迫力を間近に感じることができる
800年の伝統を持つ「牛突き」は隠岐ならではの観光。迫力を間近に感じることができる

 朝7時25分に羽田をたって、出雲空港から乗り継ぎ隠岐空港へ。10時10分にはもう到着していた。東京からある意味、遠い島でも交通の便の悪い島でもない。

 この隠岐で見たかったもののひとつに伝統的な「牛突き」の戦いがある。全国では愛媛の宇和島市、鹿児島の徳之島、岩手の久慈市などで知られているが、非常に珍しいものであることは間違いない。

 特にここは夏に1回、秋に2回、1年に3回の本場所があり、その時は時間無制限の真剣勝負になるという。そのほか「観光牛突き」観戦として10人以上の予約で見せてくれるのだ(大人1300円)。今回はその「観光牛突き」を見た。

 この日の一戦は3~4歳、750キロ同士。約15分の戦いだった。にらみ合いから一気の角のぶちかまし。

 カチッ! カチッ!

 鈍い音とスピード感あふれる足の動きが続く。その瞬間、瞬間にドームの空気が変わる。

 互いの牛の綱を持つ「綱とり」の気の緩みが勝敗につながるから気が抜けない。

 「ハ~イッ!」「ハイッ」「ハーイ」。「こらえて、こらえて!」

 独特の掛け声で牛同士をぶつけ合わせていく。

 ただし、観光で見せる場合は、最後は勝敗をつけず引き分けで終わらせるのが原則。この日も時間がきて緊張感はほぐれ、牛たちは引き離された。

 地元観光協会の久永将之さんによれば「本場所の時はもちろん真剣勝負だから全然違います。牛の世話をする飼い主さんも試合が近づけば、マムシの粉を与えたり、もち米を食べさせたりして力をつけさせる。ビールを飲ませる場合もある。勝敗は試合途中でどちらかの牛が逃げてしまったり、戦意を喪失して試合放棄することで決着がつきます。で、勝った牛はやはり、誇らしげな様子を見せるんですよ。その様子は飼い主さんにも、見てる人にもよく伝わります」。

 この牛突きは「承久の乱」(1221年)で隠岐に流された後鳥羽上皇を慰めるために始まったと伝えられる。だから、800年近い歴史を誇る日本最古の闘牛として知られている。昔ながらの牛と人との触れ合いの貴重な伝統であり、文化である。


ローソク岩に夕日が落ちて火がともる。神秘な空気が漂う神々しい一瞬
ローソク岩に夕日が落ちて火がともる。神秘な空気が漂う神々しい一瞬

 さて、もうひとつ、今回の旅でどうしても外せない、見ておきたかったのが、ローソク岩の夕景である。

 福浦港から遊覧船で出航して約30分。高さ20メートルのまっすぐに立った奇岩、ローソク岩がある。その、まさに先端に夕日がかかる瞬間を見るのである。

 島巡りのバスガイドさんが「今日はどうでしょか? 船が出られるかしらねぇ。天候、波の影響があるから、何度来ても、何日も連泊しても、見られないお客さまもいるんですよ」と脅すように話す。

 遊覧船が出られるか出られないかは夕方に決まる。そして観光バスの会社に連絡が入る。それがバスガイドさんの元へ伝わるのである。

 4時過ぎの連絡。

 「おめでとうございます。今日は出るそうです!」

 バスの中に拍手が起きる。あとは夕日の沈む時間との調整でバスを港に向かわせる。到着した港には20~30人も乗れば満席になる小型船が待っていた。

 「両サイドとも見られるように船を動かしますから、立ち上がったりしないで」。船長さんがマイクを自ら握る。

 夕日がギラギラに水平線の上の方で光りだす。すぐそば、相当まぶしい光である。「こんなに近いんだ」「こんなにまぶしいの!」。乗客が口々に大きな夕日にビックリして感想を口にしていた。

 目が疲れるほど、巨大な太陽が水平線の上で輝きを増し続け、それがローソク岩の、今、まさに芯の上! 「来たぁ!」

 あとはひたすらシャッター音である。

 今、思い出せば、カメラで撮ることよりももう少し見ていれば良かったと思う。それでも脳裏にくっきりと忘れられない1枚が残った。自然が演出した一瞬の美しさだった。

【馬場龍彦】


国指定の天然記念物・八百杉
国指定の天然記念物・八百杉

<樹齢1000年超「八百杉」>

 杉の木ばかり見ても面白くもないと思われがちだが、国指定の天然記念物になっているものもあり、「3大」といわれると見て回ろうかという気にもなる。

 1番目が隠岐の総社として創建された玉若酢命(たまわかすみこと)神社の境内に立つ高さ約30メートルの「八百杉」。これが国の天然記念物。根元の周囲が11メートルもあり、その中には大蛇がすんでいるという伝説がある。樹齢が1000年を超える。

 2番目が「かぶら杉」。樹齢600年、高さも30メートルを超える大杉だが、根元から1・5メートルのところで6つに幹が分かれて株立ちして実に見事だった。

 そして3番目が「乳房杉」。幹にできたコブが、まるで乳房のようにいくつも垂れ下がってみえることからこの名前がついたといわれる。全部で24個もの乳房状のものがあるといわれているが、実際、木を目の前にして数えても、その数の把握は難しい。ただ、森の中に精霊のようにたたずむ姿は印象的。「母乳の神様」ともいわれ、女性がお参りにくるそうだ。


樹齢600年のかぶら杉
樹齢600年のかぶら杉
母乳の神とあがめられる乳房杉
母乳の神とあがめられる乳房杉

<相撲文化が根付く>

 九州場所で敢闘賞を獲得した隠岐の海や13年公開の映画「渾身」の影響もあり、隠岐が相撲の盛んな島であることは知られている。境内に土俵を持つ神社も多く、いかにも相撲文化の根付いた島という感じだ。

 特に独特なのが「古典相撲」で、例えば島内に学校の新校舎が完成したとか、空港ができたとか、祝い事があったときに開かれる。

 開催が決まると、夕方に始まり翌日まで夜を徹して行われ、勝負は2番勝負。最初に勝った方は2番目は負ける決まり。そのため人情相撲ともいわれている。この相撲の様子は資料館「五箇創生館」で、ビデオなどでわかりやすく見ることができる。


船で巡る国賀海岸。浸食海岸で奇岩に驚かされる
船で巡る国賀海岸。浸食海岸で奇岩に驚かされる

<日本海に浮かぶ奇岩絶景>

 ローソク岩の夕日とともに、隠岐での景勝地巡りで外せないのが国賀海岸の絶壁、奇岩、洞窟群の船からの見学だろう。ほぼ垂直に257メートルの絶壁は「摩天崖」。

 圧倒される景観が次々に目の前を過ぎていく。ほぼ1時間半、荒波が浸食してできた奇岩群の景色は日本各地にあるが、ここはかなりの「格別感」があった。



 ◆問い合わせ 島根県観光振興課【電話】0852・22・5292、隠岐の島町観光協会【電話】08512・2・0787。

 ※ローソク岩や、国賀海岸巡りの観光船は冬場は休航。来春は4月1日から運航。