患者さんに「かむ力は大切ですよ」という話をすると「先生、それはするめをかんで鍛えれば良いのでしょうか」といまだに聞かれることがあります。

昭和生まれの私には非常になじみが深い昔ながらの言い伝えですが、こうした迷信が根強く広がっているために、誤った生活習慣から歯を失ってしまうという高齢者も増えてきました。硬いものをバリバリとかんで顎が鍛えられるというのは、せいぜい成長期の子どものうちまでです。

人生100年時代と言われる現代では、自分の歯を100歳まで使えるように逆算しながら考え生活していく知恵が必要。ウィズ・コロナの時代に入り、知らず知らずのうちにかかるストレスで歯ぎしりを訴える患者さんも少なくありませんが、歯にかかる負担を減らすためにマウスピースを装着することもそのひとつです。

そのためには何より、患者さん自身がセルフケアで「自分の歯を守る」という意識を持ってもらうことが大前提です。歯科治療を受けるきっかけの大多数が虫歯だと思いますが、虫歯ができたということは、人体で最も硬い組織であるはずのエナメル質に穴を開けてしまう何らかの原因があるわけです。

ところが患者さん自身がその理由を知らずに同じ生活習慣を続けていたならば、数年後にはまた虫歯ができたと駆け込んでくる羽目になってしまいます。

歯の磨き方のレクチャーや食習慣などについてのヒアリングを徹底する歯科医院が増えてきたのは、そうした再発を防ぎ、治療を終えた後も健康な状態を保って欲しいという目的からです。元の状態になるべく近づけるという観点で考えると、欠けた部分の修復には天然の歯に近い性質を持つ材料を選択する手段も有効です。

◆照山裕子(てるやま・ゆうこ)日本大学歯学部卒。同大学大学院歯学研究科を経て東京医科歯科大学歯学部付属病院勤務。テレビやラジオでのわかりやすい解説が評判となり、雑誌のコラムや日刊スポーツでの連載を担当。文筆家としての活動も積極的に行う。現在は東京医科歯科大学非常勤講師、日本アンチエイジング歯科学会理事、複数の歯科クリニックで診療。