学生時代の授業で衝撃的だったのが「歯垢(しこう)はウンチよりも汚い」というフレーズです。歯垢と糞便(ふんべん)の1グラムあたりの細菌数を比較すると、歯垢に含まれる細菌数の方が多いという事実は、患者さんにお話しするとええーっと驚かれます。歯学部に進むかどうかも決まっていなかった予備校時代、お茶に誘われた男の子の前歯にべっとり歯垢がついているのを見て具合が悪くなった私は、実は優れた防衛反応の持ち主なのかも知れません。冗談はさておき…。

歯の周りに付着したデンタルバイオフィルム(歯垢)は「炎症」の原因となり、歯と歯ぐきの溝(歯肉溝)を歯周ポケットと呼ばれる病的な状態に変化させます。歯周ポケットの内側は「潰瘍」というただれた状態になり表面が剥がれ落ちていくことで出血を起こしますが、これはいわば転んですりむいた膝と同じこと。擦り傷にまた汚いものが付着してしまったらどうでしょう。

化膿してなかなか治らないという顛末(てんまつ)が容易に想像できますよね。ばんそうこうで手当てができる皮膚と違い、口の中は常に水分で湿っています。歯ぐきに消毒薬を塗ってもとどまりにくいですし、再感染を起こさないようにガードすることも難しい。自己流でどうにか治そうとしても改善しません。

そんな状況の中、さらに次なる細菌の塊がバイオフィルムという形で漂っているのが口の中の現実といえます。ずっと傷が治らない状態が続くと、潰瘍面に露出した毛細血管から細菌が血液中に入り込み、これまた全身に飛んで悪さをするのです。これが「菌血症」と呼ばれる、「炎症」と並んで怖い歯周病の特徴です。

病態が進行したステージの患者さんでは、食事の際にそしゃくする食べ物が触れただけで歯ぐきからだらだらと出血しているようなケースもあります。