水戸黄門にならい?「後期高齢者」が「全国55カ所チャリティー落語会」 桂小文枝

上方落語の桂小文枝(75)が2年近くかけて「全国55カ所チャリティー落語会」を完走しました。きっかけは能登半島地震、奥能登豪雨で苦しむ人たちを少しでも助けたい、という思いからです。最初は「この年齢でできるんかいな?」と不安もありましたが、弟子きん太郎(60)との二人三脚で、見事ゴールを駆け抜けました。【取材・撮影=三宅敏】

お笑い

★桂小文枝が語った主な内容

  • 2年近くかけた55カ所チャリティー落語会 完走の裏側
  • 打ちっぱなし練習場での落語会 めったにない経験とは
  • 桂南光の上方落語協会復帰と阪神タイガースへの熱い思い

◆桂小文枝(かつら・こぶんし)1951年(昭26)1月5日生まれ、大阪市出身。69年、5代目桂文枝(当時は小文枝)に入門し、桂きん枝を名乗る。MBSテレビ「ヤングおー!おー!」の落語家ユニット「ザ・パンダ」の一員として注目される。ABCテレビ「プロポーズ大作戦」では愛のキューピッドとして人気者に。飾り気のない人柄、ざっくばらんなトークで、幅広いファンから親しまれる。19年3月、4代目桂小文枝を襲名する。上方落語協会では副会長、相談役を歴任。身長165センチ。

全国55カ所チャリティー落語会を完走した桂小文枝

全国55カ所チャリティー落語会を完走した桂小文枝

弟子の提案で生まれた「令和の黄門様」ツアー

今年4月、桂小文枝は石川県の山野之義知事を訪ね、能登半島地震と奥能登豪雨の義援金を寄付した。2024年秋にスタートした「全国55カ所チャリティー落語会」で各地のファンから寄せられた善意の結晶でもあった。チャリティー目的であり、利益は度外視。入場料金から必要経費をのぞき、そっくりそのまま寄付に回した。

2019年の50周年では、師匠の名(小文枝)を襲名した。今度は芸歴55周年に合わせ、何かできないか、と思案していたところに弟子の桂きん太郎が「師匠、チャリティー落語会を55カ所でやりましょう」「能登で大変な目に遭った人を少しでも助けましょう」と提案。座布団さえあれば、落語ができる場所ならどこでも行く、という気概だった。

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エンタメ

三宅敏Satoshi Miyake

Osaka

大阪市生まれ。1981年に日刊スポーツ入社。
主に芸能ニュース、社会ニュースの記者・デスクを務める。
2011年に早期退職制度で退社。その後は遊んで暮らしていたが、2022年から記者として復帰。吉本のお笑い芸人などを取材している。
好きなものは猫、サッカー、麻雀、ゴルフ。身長171センチ。