山梨の逸材、ジャンボ鶴田と私の交流はあまり知られていない。中大時代にバスケットボールからレスリングに転向した頃から練習やトレーニングをよくみた。日川高出身、頭脳的な試合運びに感心。重量級は、アンコ型が多く鶴田や長州は細身、スピードがあり、スリリングなレスリングをする両雄であった。

私の家の近くに鶴田が住んでいた。筑波大大学院に入学した関係でか、頻繁にわが家を訪れる。研究についてのアドバイスを私に求め、基礎的な書籍を貸す。どんな指導を受けたのか知らぬが、私の指導に耳を傾けながら、最終的には平凡な修士論文、残念だった。

エジプトの首都カイロからナイル川に沿って車で走る。5時間でベニハッサンの遺跡に着く。紀元前21世紀ごろの地方豪族の岩窟墳墓群だ。そのうちの2つの墳墓の4面の壁は、全部レスリングの絵だ。古代エジプト人は、祭典儀礼の重要な競技としてレスリングを楽しむ。古代ギリシャよりも古いのだ。

壁画をカメラに収める。目からウロコ、プロレスそのものではないか。ブレーンバスターあり、反り投げあり。この壁画を見ずしてプロレスを語ることなかれ。

鶴田に、「このワザを君が実際に行い、それを図にして解説すれば、貴重な研究になる。プロレスラーでしかできないテーマ、博士論文にまで昇華できるぞ」と。興味を示して、私の説明にうなずいたが、悲しいかな病身の彼にはエジプトへ行こうという気力がなかった。

歴史的な研究よりも、近代トレーニング法のテーマを選択した。もう、ベニハッサンのレスリング図を再現してくれるレスラーの出現は期待薄。長州力のサソリ固めは、さすがになかったけれど、ラリアートもどきはあった。

「米国に行くことになりました」とあいさつに来てくれた晩年の鶴田の顔色は薄茶色。肝臓が悪いと一目瞭然。それから悲報をニュースで耳にする。マニラからの外電であった。以来、私は臓器移植の運動に協力している。合掌。