パタ、パタ、パタ…。春風にたなびく真っ赤な奉納幟旗の隣で、必勝稲荷祭が行われました。この日、5月7日は穴守稲荷神社が馬名の由来となったイナリワンの誕生日で、全人馬の安全と必勝を願う必勝稲荷の祭典です。昨年は降雨のため屋内でしたが、今年は晴天に恵まれ心地よい風と日差しを浴びながらの儀と相成りました。昨年を優に超える参加者。1人1人奉納していく玉串が積み重なっていきました。宮司の井上直洋氏は「午前6時ごろから40人以上もご参詣に来ていただいて。ありがたい限りです。恒例祭事として定着してくれれば」と感謝の言葉ともに参加者を見つめていました。カラン、カラン、カラン…。取材の最中も途絶えることのない本坪鈴の音が盛況ぶりを示してくれます。

かっこいい。イナリワンの勝負服の、紫の鋸歯(きょし)形、胴桃色をかたどった特別御朱印帳を持った手が震えます。正面の真ん中には同馬が制した有馬記念の月桂(げっけい)冠が、裏面には同馬の蹄鉄(ていてつ)があしらわれていて、競馬ファンの1人としてデザインの秀逸さに脱帽するばかりです。同氏は「昨年の特別御朱印で、御朱印集めを始めた方、また御朱印というものを初めて知った方が多くいたということを受けまして。今年は御朱印帳を新たに奉製いたしました」。続けて、「神様と参詣者。つまり、何かと何かをつなぐ“なかとりもち”が我々の本来のやるべきこと。競馬から当社を知って神社めぐりを始めた方、その逆で当社からイナリワンや競馬を知って始めた方。そういった縁をつなぐことができて、冥利(みょうり)につきます」と語ってくれました。御朱印帳もですが、神職の方の心意気もかっこいい。

「実は今年1月に石井信氏が94歳で大往生されました」。宮司から驚きの言葉が出ました。イナリワンの馬名を決める際、オーナーの保手浜弘規氏と当時の禰宜(ねぎ)だった石井信氏が、中等馬術部の同級生だった縁で穴守稲荷の「イナリ」、そしてNO・1になってほしいという意味で「ワン」を取り、名馬として今日まで知れ渡る馬名が誕生しました。「94歳ですよ。当然、23年のイブ決戦だった有馬記念で、イナリワンと同じ誕生日のドウデュースが勝ったこと、この必勝稲荷祭のこともご存じでした。イナリワンがつないだ縁が、はなむけになったと思います」。名馬の名付け親である石井氏に心より拝礼いたします。

「何よりも知ってもらうことが大切です」。最後に宮司井上氏から力のこもったひと言を受けました。「羽田空港の場所に羽田競馬場があり、そこに生活があり、もちろん当社も。イナリワンも。忘れられないように知ってもらえるように来年以降も何か企画を考えて参ります」。

来年も取材させてください。また、必勝稲荷祭で同氏が紹介した昭和初期の羽田穴守二業組合広告の羽田穴守小唄。「かける競馬の大穴ねらひ あたる穴守紅栗毛(べにくりげ)」。およそ100年前。競馬を楽しんでいる様子が分かります。羽田の名は今は大井競馬場で羽田盃として受け継がれています。羽田の歴史、競馬との縁、必勝稲荷祭を通してその奥深さに感嘆した次第です。

【舟元祐二】