心房細動は、静かなる殺人者(サイレントキラー)と呼ばれることがあります。不整脈が気づかないうちに少しずつ大事な心臓を傷つけむしばんでいくからです。しかしながら私たちには幸運にも、病魔に立ち向かういくつもの治療法があります。そして心房細動は心筋梗塞などの一刻を争う緊急疾患とは違います。
確かに動悸(どうき)発作や心不全時には早急な対応が必要ですが、心房細動を治すことをじっくり考えて決断する十分な時間はあります。今回の連載でIQを鍛え、不整脈に慣れ親しむことでより理解が進むと思います。「計画は悲観的に実行は楽観的に」。私も座右の銘とする言葉がありますが、計画を立てる上でこの連載はお役に立つと思います。
私は日本でカテーテルアブレーション治療黎明(れいめい)期の頃から、心房細動に苦しむ多くの患者を診察してきました。21世紀に入った、今から22年前の早春のことです。明日で90歳の誕生日を迎えるという高齢の男性が、私が不整脈の部長を務める茨城のとある病院を訪ねてきました。当時その病院は「アブレーションの聖地」と呼ばれておりました。
大阪からはるばる新幹線とローカル線を乗り継いで来た、シャッキとしてスレンダーな老紳士でした。「まだまだ元気でやりたいことがあります。大阪から来ましたがアブレーションしてもらえませんか」。発作性心房細動でした。カテーテルアブレーションは成功し、1年間は3カ月に1度、頑張って通院してもらいました。やり遂げたという、安堵(あんど)と茨城の桜をみる穏やかなまなざしを覚えています。高齢であっても治して人生をより良く生きようとする姿勢に感銘を受けました。

