東京五輪・パラリンピック300回連載

元JRA騎手・高嶋活士はそれでもまた馬を選んだ

2020年東京パラリンピック出場を目指す元JRA(日本中央競馬会)ジョッキーがいる。高嶋活士(26=コカ・コーラボトラーズジャパン)。落馬事故で騎手引退後、パラリンピック馬場馬術の道を歩み、同種目の強化指定選手に選ばれ日本代表有力候補になった。17~19日に静岡・御殿場市で行われる第65回東京馬術大会CPEDI★★★Gotemba2019のグレード4に参戦。連覇を達成して代表へと近づく。【取材・構成=久野朗】

■13年に落馬事故

ケネディに騎乗して練習に励む高嶋(撮影・久野朗)
ケネディに騎乗して練習に励む高嶋(撮影・久野朗)

高嶋はハノーバー種の11歳セン馬ケネディと、人馬一体となって汗を流していた。常歩(なみあし)、速歩(はやあし)、駈歩(かけあし)の基本や経路など、埼玉・深谷市の乗馬クラブ、ドレッサージュ・ステーブル・テルイで週5日、午前中に1~1時間半ほど技術を磨く。CPEDI★★★Gotemba2019は東京パラリンピック出場へ、日本で行われる今年最後の戦い。「この大会で結果を出さないと、年を安心して越せない。だいぶ気合が入っている」と言った。

11年3月にJRA騎手としてデビューしたが、13年2月の障害戦で落馬事故に遭った。飛越の際に他馬と接触する形で転倒してコースに投げ出された。頭部外傷、脳挫傷、右鎖骨骨折の診断。右半身にまひが残り、右腕も力が入らない。復帰を目指して2年半に及ぶリハビリを行った。そんな時、常石勝義元JRA騎手が落馬事故で引退してパラリンピックを目指していることをネットで知った。「勝負の世界にいたから、また勝負の世界に」。15年に騎手免許を返上。世界の大舞台を目指す決意を固め、引退直後にパラ馬術の道を歩み始めた。


騎乗前にケネディをブラッシングする高嶋
騎乗前にケネディをブラッシングする高嶋

競馬とは勝手が違った。馬術は馬と一緒にフィギュアスケートを行っていると言われる。決められた経路を進む際の正確性や、動きの美しさなどを競って採点される。上体の姿勢は常に真っすぐ。開始間もないころは「スピードが上がっていくと、無意識に前傾していた」と騎手時代のフォームが染み付いていた。「競馬はハミを抜く乗り方(注(1))だけど、馬場馬術はハミをかけっ放し」と難しさを痛感した。


2011年8月、新潟競馬場で新馬戦に挑む高嶋活士騎手
2011年8月、新潟競馬場で新馬戦に挑む高嶋活士騎手

それでもパラ出場の大きな目標が心の支えになった。障がいレベルが2番目に軽いグレード4の経路には横歩きや、まひが残る右脚が大切になる右手前(注(2))駈歩で円を描く。右が強く使えない代わりにブーツと鐙(あぶみ)をゴムで固定(注(3))するなど、重心移動で馬に指示を送る。積み重ねてきた技術と工夫で強化指定選手に選ばれ、17年全日本パラ馬術大会に優勝。昨年のCPEDI★★★Gotemba2018は初日64・000%、2日目66・259%の得点でともに1位。日の丸がより近い選手に上り詰めた。

大会には愛馬ケネディのほか、3カ月ほど前からコンビを組んだ同じハノーバー種の20歳セン馬フェラガモの2頭で挑む。来夏の本番を見据え、選択肢を増やし可能性を広げるためだ。JRA時代は通算244戦0勝と勝利には恵まれなかったが「障がいを生かせる場というのがパラ。馬術を知ってもらいたい」。間もなく3歳になる長女と1歳の次女と休日に遊ぶ良きパパは、競技を広めていく責任感も胸に秘めている。


3カ月ほど前から騎乗しているフェラガモの横で笑顔を見せる高嶋
3カ月ほど前から騎乗しているフェラガモの横で笑顔を見せる高嶋

◆高嶋活士(たかしま・かつじ)1992年(平4)12月2日、千葉県市原市生まれ。JRA競馬学校騎手課程27期生として11年に美浦・柴崎勇厩舎所属でデビュー。JRA通算244戦0勝(うち障害39戦)、2着6回が最高。15年9月の現役引退直後から馬場馬術でパラリンピックを目指す。17年に日本オリンピック委員会(JOC)の就職支援プログラムを活用してコカ・コーラボトラーズジャパンに入社。現在は午前中に騎乗練習、午後は埼玉・桶川市の同社に勤務。17年全日本パラ馬術優勝、18年世界選手権個人11位、団体10位。9月現在、世界ランク21位。161センチ、58キロ。家族はなおみ夫人と2女。

注(1) ハミは馬の口に含ませる主に金属製の棒状の馬具。競馬の中長距離戦では通常、騎手は道中で手綱を緩めた状態でペースを保つためにハミを抜き、勝負どころからハミをかける。かけっ放しにすると馬が力んでスタミナを消耗し、最後の直線で踏ん張りが利かなくなる。なお障害馬術では飛越後に次の障害まで距離がある場合、駈歩のリズムを整える目的でハミを抜くケースがある。

注(2) 馬が走る時、右前肢を左前肢より常に前に出して走ることを右手前という。左手前はその逆。馬を回転させる際には、馬の体全体を円の大きさに合わせ屈曲させる内方姿勢を取る。馬の脚をまっすぐ前に出して動かすことが重要で、右手前では騎乗者が右脚で馬体を外に押し出すような動きが必要になる。

注(3) パラ馬術では選手個々の障がいに合わせた特殊な馬具があり、国際馬術連盟(FEI)に申請して認定されれば使用が可能になる。右鐙の踏み込みが難しい高嶋は、鞍右側の鐙革と腹帯託革をゴムで結び、ブーツと鐙もゴムで固定している。


■競馬学校同期は

横山和生騎手 競馬学校時代からうまくて、みんなが引っ掛かる馬でも乗りこなしていた。みんな、おっと思うところがあったと思うし、すごいと思っていた。ジョッキーになってからは勝てなかったけど、新しい道で頑張ってパラリンピックに出られるところまで来たのはすごいし、活士なら出られると思っている。

嶋田純次騎手 競馬学校で3年間一緒だったし、デビューしてから同じ美浦でご飯に行ったりしていた。もともと乗馬をやっていて、馬乗りもうまかった。一緒にジョッキーとしてやっていた高嶋が違う舞台で活躍しているのは刺激になる。高嶋がテレビに出ると同期のグループLINEも話題に上がったりしていて、同期みんなで応援している。パラリンピックに出たらみんなで応援に行きたい。


競馬学校同期の高嶋にエールを送る(左から)杉原誠人、嶋田純次、横山和生の各騎手
競馬学校同期の高嶋にエールを送る(左から)杉原誠人、嶋田純次、横山和生の各騎手

杉原誠人騎手 競馬でああいう事故になってかわいそうだと思っていたけど、馬術の道を見つけてパラリンピックの候補になるくらいにまでなって同期として尊敬するし、テレビで頑張っている姿を見ると勇気づけられる。競馬学校の模擬レースでチャンピオンになっていたので、競馬で勝つなと思っていた。運動神経も良くて、こいつにはかなわないと思っていた。力もあるし、体幹も強かった。筋トレとかしていて圧倒されることがあった。関わった人はみんな応援していると思う。ジョッキーとして復帰したかったんだろうと思うけど、違う道で頑張っているのはうれしい。負けてられないと思う。あいつがあんなに頑張っているのに、僕らがぱっとしないとね。競馬学校の時から乗馬がうまかった。本当に頑張ってほしい。


■日本代表への道

パラ馬術の日本は、開催国枠で個人戦と団体戦合わせて最大4人が出場できる。選考会といった一発勝負ではなく、大会出場を重ねながら好成績を収め続けることで、代表の座を手に入れることができる。選考対象は19年3月15日~20年4月30日までのCPEDI★★★以上の試合。陸上の標準記録のように、パラ馬術では過去の大会で62・000%以上の得点をマークしないと、パラリンピックは出場できない。今年は各グレード合わせて、11人が強化指定選手に認定されている。落馬事故で引退した元JRA騎手の常石勝義(明石乗馬協会)もその1人で、グレード3での代表入りが有力視されている。正式な代表発表は20年4月以降。なお東京パラリンピックの馬術は20年8月27~31日、東京・世田谷区のJRA馬事公苑で行われる。


◆パラ馬術 肢体不自由、視覚障がいを持つ人のために「馬場馬術」のルールを一部変更し行う。96年アトランタ大会から正式種目。障がいの程度に応じて最も重いグレード1から最も軽い同5の5段階に分かれる。審判が運動項目ごとに10点満点で採点し、その合計得点(パーセンテージ表示)で順位を決める。


<大きい欧米との差>パラ馬術も健常者の馬術と同じで欧米の力が抜けている。特に欧州のオランダ、ドイツ、フランス、英国がレベルは高く、グレード4、同Vは健常者に勝るとも劣らない実力者がいるという。世界選手権や海外大会を何度も経験した高嶋は「普段と変わらないし、余裕が違う。ニコニコしながら楽しそうに乗っている。僕らはひいひい言って乗っているのに」と日本との差を認める。

日本選手の多くが乗馬クラブで騎乗するのに対して、欧州では自宅に馬がいる家庭は珍しくない。馬が生活の一部として根付き、欧州間の移動は基本的に検疫がないのも利点。そのため他国の大会へ出場し、ライバル国の選手と切磋琢磨(せっさたくま)しながらレベルアップを図れる。来夏の本番に出場した場合、高嶋は「目標は入賞」と、メダルよりも8位以内を現実的なものとして掲げる。

◆第65回東京馬術大会CPEDI★★★Gotemba2019 パラ馬術ではパラリンピックと世界選手権の2つが最高峰で、今大会はそれに次ぐ格の高さ。国内では年内最終戦。日本障がい者乗馬協会によると「来年は1~3月の間に1~2戦の開催」とされ、まだ流動的。そのため、今大会で結果を出すことが代表入りへの大きな道。初日にチームテスト、2日目にインディビジュアルテストが行われ、2競技の得点が代表選考の資料になる。15人程度が出場予定で、高嶋のグレード4は3人。会場は御殿場市馬術・スポーツセンター。健常者の大会も並行して開催されるが、東京五輪を狙える選手は出場していない。

日刊スポーツが2020年東京五輪・パラリンピックに向けて毎週お届けする300回の大型連載です。ここでしか読めないスペシャルな話題満載です。

おすすめ情報PR

スポーツニュースランキング