東京五輪・パラリンピック300回連載

上野由岐子“20年間”を込めて/新春インタビュー

鉄腕エース上野由岐子投手(37=ビックカメラ高崎)の快投が、日本に勢いを付ける。東京オリンピック(五輪)で復活するソフトボールは、開会式2日前の7月22日に福島・あづま球場で始まる。日本選手団の先陣を切って五輪の戦いに臨む上野は、その日が38歳の誕生日で先発が濃厚だ。08年北京五輪以来12年越しの連覇に向け、集大成のマウンドに立つ思いや自身の競技人生について語った。【取材・構成=松熊洋介】

だるまを手に笑顔の上野由岐子(撮影・大野祥一)
だるまを手に笑顔の上野由岐子(撮影・大野祥一)

■東京五輪初球は「サインを投げるだけ」

勝負の1年が始まった。

上野 カレンダーを見ると「いよいよ来たな」という感じがする。投げる意識はあるし、準備はしている。監督からは何も聞いてないが、誕生日じゃなくても投げるんだろうなと。最初ということで注目してもらえるのはいいかな。

東京五輪初戦の初球はストレートを投げるのかと聞くと、表情が一変した。

上野 初球のこだわりとか全くない。自分がどういう投球をしたいかなんて当日にならないと分からないし、宣言して打たれたら意味がない。調子や打順もある。その場に応じて考えるので考えたこともない。(捕手の)我妻が出したサインを投げるだけ。

2019年4月の日本リーグ・デンソー戦で打球を左あごに受けて骨折、約4カ月離脱した。初めてリーグの規定投球回数に届かなかった。

上野 こんなに投げなかった年は初めて。どう立ち上がっていくか。いい意味でフラットに考えさせてもらえたケガだった。

■宇津木監督と「二人三脚で」

11月のリーグ最終戦で1日2試合271球を投げて勝利に貢献したが、疲労もたまり、その後の日本代表合宿を辞退した。

上野 予想以上に疲労はあったけど、自分のペースで治せばいい。無理に無理する必要はない。実際試合になったら痛くても投げないといけない。その時はそれなりにやれる。別に1、2カ月投げなくても投球を忘れるような年齢じゃない。合宿に参加していないからといって遊んでいるわけではないし、やるべきことはやっている。

11年に宇津木監督が指揮官となってから二人三脚で歩んできた。

上野 (宇津木監督が)選手時代はアドバイスはしてくれていても細かく話す機会はなかった。エースと監督という立場になって「この人いろんなことを考えてくれているんだな」と思うことが多くなって見方も変わった。自分のことを分かってくれているし、言われたら合宿には参加するし「無理しなくていいよ」とも言ってくれる。監督についていくだけ。

金メダルには捕手の成長が必要だと言ってきた。

上野 自分のスタイルに自信が持てるようになってきたが、まだ足りないところの方が多い。責任あるポジションで失敗の許されないチームだが、失敗しないと成長しない。信頼するも何も彼女しかいない。自分もどれだけ力になれるか。

勝股(20歳)、後藤(18歳)など若い投手も代表入りへ奮闘している。

上野 今持っているスキルをどう生かすか。年相応の投球しかできないし、自分もいろんな打たれ方をして今がある。正直、試合以外でこんなことを言っても伝わらないが、結果を出せるように経験してきたものをその場に応じてアドバイスしてあげたい。

アテネ五輪での上野由岐子(2004年8月14日撮影)
アテネ五輪での上野由岐子(2004年8月14日撮影)

■「今は違った形でソフトボールを楽しんでいる」

26歳で迎えた北京五輪での金メダル獲得から12年。38歳で迎える東京五輪は集大成となる。独特な表現で心境を吐露した。

上野 五輪の話をしながら「自分はソフトボーラーとして完結しているな」と。追っているものとか高めていくものがないから、自分の話じゃないみたいな感覚で感動しちゃうことがある。その時に選手としてはもうこれ以上はないなと思う。どうでもいいというか…。ソフトボール上野由岐子は北京で完結していて、今は違った形でソフトボールを楽しんでいるし、結果を出すためにやっているが、あの時のような情熱はない。自分の心にウソをつきたくないので、自分の感情も大事にして向き合っていきたい。それで周りがどう評価するかは勝手に決めてもらっていい。

辞めるタイミングも素直に思える時がやってくる。

上野 多分そうだと思う。今すぐにでも辞められる。でも辞められない理由があるし、チームに必要とされていることを感じているので、辞めなくていいんだなと。終わってみないと分からないけど「もういいよ」と言われたらあっさり辞めると思う。意外と情がないんです。

居場所はいつまでもあるように思うが。

上野 どういう形で必要とされているか。指導者など自分の思いもある。

いよいよ自身の投球で東京五輪がスタートする。

上野 これで終わりではないが、20年間培ってきたものを込めて投げたい。どんなボールでも後悔しないように。結果は神様が決めてくれる。

2度目の金メダルへ。覚悟を持った上野由岐子の2020がスタートした。

小学生以来の習字を書いた上野由岐子(撮影・大野祥一)
小学生以来の習字を書いた上野由岐子(撮影・大野祥一)

■書道八段、国際結婚願望/ソフト上野由岐子こんな人

<取材後記>

ソフトボール日本代表の上野由岐子投手(37=ビックカメラ高崎)は、試合では厳しい表情でプレーするが、普段はチーム所在地の群馬県内で1人暮らしをするごく普通の女性だ。インタビューした上野の言葉の中にそんな一面がのぞいた。【取材・構成=松熊洋介】

◆お茶を自ら持って案内

会場に着くと「すみませ~ん、私しかいないので」と、自らお盆にお茶を乗せ部屋に案内してくれた。

◆せんべいにはまる

食にあまり興味がない上野だが「最近久世福商店のせんべいにはまっている。瓶詰めのものを買ったんですけど、詰め替え用も売っていて、見つけたら買っている」と興奮気味に話した。

◆引退後にやりたいこと

現役中は止められているが「辞めたらすぐにでもスカイダイビングをやりたい」と野望を明かす。「18歳のグアム合宿で、次々に空から降りてくる人を見たときからずっとやりたいなあと思っていた」。アスレチックやジェットコースターなど激しいのが大好き。

◆書道八段だった

正月の紙面用ということで、書き初めをお願い。「実は書道八段なんですよ。小学校レベルですけど」と隠れた才能を告白。小1から始めたが、母親に「八段取るまで辞めさせない」と言われ、早く辞めたくて必死に頑張った。25年ぶりに筆を執った上野は「うわ~、気持ちいい」と笑顔を見せながら「信念」という文字を書き「どうですか。すごくないですか」と出来栄えに納得の表情を見せた。

◆理想の結婚

結婚について聞いてみたところ「国際結婚がしたい」とカミングアウト。理想のタイプは「え~わかんない」と照れながらも「中身重視。自分をアスリートとして見ないような、特別視しない人」と語った。日本人だと金メダリストとして見られるため、外国人との結婚願望があるようだ。「親も半分諦めているみたいだし。できるのかなあ」と本人も少々弱気。38歳で結婚した記者は少しだけ上から目線で「まだ諦めちゃダメ。絶対に大丈夫です」と金メダリストに根拠のないアドバイスをさせてもらった。

◆ゴム手袋にぞうきん

取材が終わると、ゴム手袋をはめ「ガソリンスタンド行くの面倒なんで」とぞうきんで自分の車の汚れを拭きながら「ありがとうございました」と記者を見送ってくれた。

08年9月、ソフトボール全日本選手権決勝 優勝を決めバンザイし喜ぶルネサス高崎・上野(中央)と乾絵美(左)
08年9月、ソフトボール全日本選手権決勝 優勝を決めバンザイし喜ぶルネサス高崎・上野(中央)と乾絵美(左)

◆上野由岐子(うえの・ゆきこ) 1982年(昭57)7月22日、福岡市生まれ。小3でソフトボールを始める。柏原中、九州女高(現福岡大若葉高)を経て01年にルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)に入社。04年アテネ五輪では1次リーグの中国戦で完全試合を達成するなど銅メダルに貢献。08年北京五輪では準決勝以降、3試合を1人で投げ抜き、金メダルを獲得した。世界選手権では12、14年で金メダル、06、10、16、18年で銀メダル。174センチ、72キロ。

日刊スポーツが2020年東京五輪・パラリンピックに向けて毎週お届けする300回の大型連載です。ここでしか読めないスペシャルな話題満載です。

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