ラグビー

中島イシレリ、妻と子供の顔を思い浮かべプレー安定

<外国出身選手の物語(3)中島イシレリ>

日本代表の外国出身選手を特集する第3回は、トンガ生まれのプロップ中島イシレリ(30=神戸製鋼)。流通経大への留学生として来日し、昨年11月に初キャップを獲得。今年1月にNO8からポジション変更し、急成長でワールドカップ(W杯)メンバー入りを狙う。明るい性格で、チームの盛り上げ役を担う男の歩みを追った。

5月、代表候補のオーストラリア遠征に参加する中島イシレリ(右)
5月、代表候補のオーストラリア遠征に参加する中島イシレリ(右)

18年10月、29歳の中島に諦めかけていた日本代表から初めて声がかかった。「30歳になったら絶対に無理だろうなと思っていた」。日本でプロとして生きていくチャンスをつかみ、憧れ続けた桜のジャージー。初めて袖を通した瞬間、心が震えた。14年4月に結婚した日本人の妻が泣いて喜ぶ姿を見て、思いはさらに強まった。「日本代表としてW杯に出たい」。

祖父が元トンガ代表主将という家庭に生まれ、本格的にラグビーを始めてすぐにU-15(15歳以下)トンガ代表に選ばれたセンスの持ち主。高校時代に流通経大にスカウトされ、来日が決まったものの、「中国の中にあると思っていた」と、当初は日本に特別な思いはなかった。だが、「めちゃくちゃ仲良し」と語る大学時代の仲間から言葉、文化を学ぶと、愛情は一気に深まっていった。

中島イシレリ(撮影・松本航)
中島イシレリ(撮影・松本航)

ピッチ上では、縦への突破力を武器に、大学1年時から活躍したものの、最も重い時で150キロあった体重が影響し、卒業後に入団したNECではけがに泣かされた。きっかけは、15年の神戸製鋼への移籍。「自分も変わらないと」と大好物だったフライドチキンをやめ、多い時には一晩で3度もとっていた食事も改善。約30キロの減量に成功すると、運動量と比例するように、出場機会も増えていった。

出会いも成長を後押しした。頭に血が上るとラフプレーを犯すなど、精神面に課題があったが、18年のシーズン前に、神戸製鋼の元ニュージーランド代表アシスタントコーチ、ウェイン・スミス総監督から「熱くなった時は家族の顔を思い出せ」とアドバイスされ、改心。妻と、2歳の長男ロニーくんの顔を浮かべて心を整えるようにすると、プレーも安定感を増していった。NO8として同シーズンの「ベストフィフティーン」を受賞する活躍を見せ、一気に代表へと駆け上がった。

日本代表のジョセフ・ヘッドコーチから、「1番(左プロップ)に集中してくれ」とポジション変更を打診されたのは、今年1月。悩んでもおかしくない場面だが、中島の頭にもその選択肢はあった。「仕事も少なそうで、体重を気にしなくてよさそうだしね」と冗談交じりに語るが、本音は、W杯出場への可能性を広げるため。挑戦から8カ月。首脳陣が驚く適応力の高さで、FW最前列に必要な技術を身につけ、29日発表の31人のW杯メンバー入りへアピールを続けてきた。

15年8月には日本国籍も取得。W杯に向け、胸の内には日本とトンガ、2つの国への特別な思いがある。「チャンスをくれた日本は自分にとって大切な場所。だから日本代表としてW杯で活躍したい。同時に、W杯に出ることでトンガに住む人に、トンガ人はどこの国にいっても通用するんだということを証明したいんだ」。遅咲きの大器が、シンプルな思いで、体を張る。【奥山将志】

◆中島(なかじま)イシレリ 1989年7月9日、トンガ生まれ。15歳からラグビーを始め、リアホナ高卒業後に流通経大に入学。NECを経て、15年に神戸製鋼に移籍。18年11月のニュージーランド戦で代表デビュー。代表キャップ2。趣味は温泉。家族は日本人の妻と1男。186センチ、120キロ。

ラグビーW杯日本大会開幕は9月20日。いよいよカウントダウンに入ります。日刊スポーツ新聞社では開幕まで1年間。「ラグビーW杯がやってくる」と題して連載します。会場、選手のこだわり等、あらゆる角度から1年間、ラグビーを掘り下げます。

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