言葉じゃない、ビジョンだ。そのために勉強しろ。そして、ドラッカーを読め !  16年10月に、日本体操協会の渡辺守成専務理事(58)が国際体操連盟(FIG)の会長に当選した。五輪で実施される競技で日本人の国際連盟(IF)会長は、94年まで国際卓球連盟(ITTF)の会長だった荻村伊智朗氏以来、23年ぶり4人目。ビジネスマンとしての冷静な分析と体操への情熱で、スポーツ外交の金メダルを獲得した。その戦略を明かす。【取材・構成=吉松忠弘】


■「ハラキリ」決死の南ア


 ロビー活動で、約1年半、FIG加盟142の地域・国のうち、7割強の102の地域・国を駆けめぐった。スタートは15年3月に訪問した中南米のコスタリカ。渡辺氏が訪れると、同国体操協会のロレーナ会長に涙を流して迎えられた。

「体育館を一緒に回っている時、横を見たら泣いている。長い歴史の中で、FIGの理事(当時)が来たのは初めて。こんなに光栄なことはないと。そういうところに行くと、みんな目がきらきらしている。何とかしてやりたいって思った」。

 リオ五輪の新体操で、南アフリカの黒人選手が初めて出場資格を得た。しかし、同国五輪委が派遣見送りを決断。その情報を聞くと渡辺氏は模造刀を持って南アに単身、乗り込んだ。

 「彼女が得たものなんだから、出して欲しいと。出さないなら、ここで腹を切るって言って」

 結果的に、彼女の派遣はならなかった。ただ、無名の選手1人のために飛んできた渡辺氏への信頼は、アフリカで絶対的になった。票はがっちりと押さえた。

 スポーツ庁のIF役員倍増戦略事業から支援を受けた。しかし、資金が豊富ではない。ロビー活動は通訳もなく大半が単身だった。

 「言葉じゃないよ。俺の英語なんて中学レベル。分からなかったら、もう1回と聞けばいい。日本人はすぐに弱みをフォローしようとする。そんな時間があったら強みを磨いた方がいい」

 英語を磨くより、逆に日本人であることを前面に押し出した。誠実や勤勉さ。こつこつと世界を回り、信頼を勝ち取った。

「僕にとっての強みは日本人であること。全世界で最も信頼されている。日本人だから(会長選に)勝てたと思う。戦後の焼け野原から経済大国をつくった。その背景には誠実さや勤勉さがあるって、世界の人は分かっている」。


■通訳なし「言葉じゃない」


 そして、明確なビジョンを語った。自分の国に単身で乗り込んできた日本人の渡辺なら、きっとそれが可能になると思わせた。

 「体操を人気でも環境でもサッカー並みにしたいとぶち上げた。最初は、みんな『えー』って顔をしている。でも、絶対にできる、ポテンシャルはあると話せばその気になる。体操はスポーツの基礎。世界にサッカー場はあるが、その横に体操場はない。この先、高齢化社会で望むのは健康。体操場があれば、誰もが健康と接することができる」

 現在、イオンリテールのスポーツ&レジャー事業本部長だ。一介のサラリーマンでメダリストでもない。日本オリンピック委員会の役員でなければ、東京五輪組織委にも属していない。

 「ビジネスマンで、そしてサラリーマン。耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶというのが日本のサラリーマン。今回のロビー活動も、航空券はネットで安いのを探したり。サラリーマンは本当につらいよ。その中で1点、突破口を見つけて突破していく。それがサラリーマンの醍醐味(だいごみ)で強みだった」

 84年に入社した当時の社名はジャスコ。「勉強のジャスコ」といわれ、年間5冊は本を読まされた。

 「ビジネスマンは勉強している。スポーツマンは勉強する機会が少ない。これまでスポーツ外交で戦えなかったのは、その差だと思う。ジャスコで、(現代経営学の)ドラッカーは徹底的に勉強させられた。基本はイノベーション精神でお客様視点。体操がメジャーになりきれないのは、お客様視点がないということ。見てる人が分かるように変えていかないと取り残される。スポーツマンもドラッカーぐらい読んでほしい」


■「ドラッカーくらい読め」


 その経営感覚で養った分析力で会長選を戦った。地盤のアジアを固め、政府が多額の支援をしているアフリカを落とした。中南米は、昔から日本人コーチを派遣しており親日派。米国だけは深入りしなかった。

 「米国に行っても票はもらえない。無駄なことはしない。深入りしなくても、周りが固まってくると、向こうから寄ってくる」

 東京ディズニーシーで開催された会長選前夜のFIGパーティーでは、国内で開催されたうまみを生かし、徹底的に席次にこだわった。ライバルを孤立させ、ロビー活動を阻止した。

 ただ、自分はリーダーのタイプではないという。好きな歴史に例え、「参謀」が似合っていると話す。

 「ぎりぎりまで逃げる口実を考えていた。(三国志の)諸葛亮孔明が参謀だった時は良かったけど、長になるとダメだった。明智光秀もそう。極論を言えば、リーダーなんていらないと思う。FIGも会長が強くなるより、現場が強くなったら体操界が強くなる。それをまとめるのが僕の役目。リーダーなんて、トイレ掃除でもしてればいい」

 会長の任期は17年から4年。東京五輪はFIG会長として迎える。しかし、未来を見据えた日本スポーツ界のビジョンのなさに暗たんとした気分だ。

 「会長になって何を言われるかと思ったら、来年の予算が増えたって。それで終わり。あまりにもビジョンがない。スポーツは、社会の中核にならないといけない。米国はエンターテインメント、欧州は生活や文化。日本はビジネスにして社会の中核にするのが一番」

 手始めに富士通と組み、3D解析で技を分析し、採点を支援するシステム導入を図る。ビジネスとお客様視点のビジョンで、体操から東京に向け日本のスポーツ界を変える。


 ◆渡辺守成(わたなべ・もりなり)1959年(昭34)2月21日、北九州市生まれ。戸畑高時代に体操を始め、東海大に進学。同大時代に、2年間、ブルガリア国立体育大に研究生として留学し新体操に出会う。84年ジャスコ(現イオン)に入社し、新体操の育成強化に尽力した。00年日本体操協会常務理事、09年専務理事。FIGでは13年から理事を務めていた。


 ◆国際情報戦略強化事業(IF役員倍増戦略) 15年度から文科省(現在はスポーツ庁)がスタートさせた事業。16年度は予算7000万円。17年度は2億円を予定。IFに日本人の役員を送り込むために、ロビー活動でかかる旅費、宿泊費を支援。また、在外公館などと連携し、選挙活動を支援する。IFの役員になることで、ルール改正や大会開催地など重要案件に直接、影響力を行使でき、情報をいち早く入手できる。トライアスロンの大塚副会長、柔道の上村、山下理事らを支援した。


(2017年6月21日付本紙掲載)