東京都を管轄する警察組織、警視庁が2020年東京五輪に向けて、選手強化を図っている。64年の前回大会を機に本格的にスポーツ選手の育成を進め、これまで7人のメダリストを輩出してきた。地元東京で開催される五輪とあって、代表選手輩出と04年アテネ大会以来4大会ぶりのメダル獲得へ、これまで以上に力が入っている。【取材・構成=高場泉穂】


■過去12大会延べ26選手メダリスト7人


 警視庁は昨年のリオデジャネイロ五輪に重量挙げ男子62キロ級の糸数陽一、近代5種女子の朝長なつ美、佐藤明子の3人を送り出した。所属選手の出場は04年アテネ大会以来12年ぶり。本番では糸数が4位、朝長が競技歴4年弱にもかかわらず、日本女子過去最高の13位と健闘した。20年東京五輪に向けた“復権”の動きが、実を結んだ。

 五輪には過去12大会で延べ26選手が出場し、7人のメダリストを輩出した。本格的な強化は64年東京五輪から。それまでは射撃で3人の代表を出したのみだったが近代5種、フェンシングなど、競技団体から新たな選手育成を依頼された。例えば近代5種は、当時国内で5種目すべてを出来る競技者は皆無。警視庁では各所属から水泳、陸上に優れた5人を選び、強化した。東京五輪への出場はかなわなかったが、経験者が継続的に練習していたことから66年に第四機動隊内に正式に部が発足した。

 64年大会後、徐々に選手も集まり、柔道、重量挙げ、レスリングを中心にメダルの実績を重ねてきた。だが、08年から2大会連続で五輪出場を逃し、沈滞ムードが漂っていた時に舞い込んだのが20年東京五輪の開催決定。強化担当者は「あれがきっかけ。地元で強い警視庁を取り戻すと動き始めた」と振り返る。


 各部の指導者が有力選手の勧誘に動き、施設の充実も図った。15年に射撃場に五輪仕様の電子標的を導入。16年に重量挙げ練習場を約2倍の広さに改築した。17年には第四機動隊フェンシング部と同じ施設で練習していた近代5種に新たな練習場が新設された。今ではリオ五輪での朝長の活躍を見て「近代5種をやってみたい」と申し出る者も多数いる。

 東京五輪での目標は金メダルを含む複数メダル。都を守る警察官にとって同僚の活躍は「威信の高揚になる」と担当者は言う。警視庁は五輪期間中、各競技会場警備やテロ対策を担う。万全の警備態勢を敷くとともにメダル獲得で大会を成功させる。


 ◆警視庁 都道府県警察の1つである都警察の本部の名称。東京都公安委員会の管理下にある。16年4月時点で職員は4万3505人。都内に102の警察署、826の交番がある。地域の警備だけでなく、天皇・皇族や国の要人、施設の警備も担う。マスコットはピーポくん。


<20年競技会場警備担当テロ対策も入念に準備>

 警視庁は20年東京五輪・パラリンピックで競技会場などの警備を担う。14年1月に「オリンピック・パラリンピック競技大会総合対策本部」、今年4月には政府機関や公共交通機関を襲うサイバーテロ対策のため「サイバー攻撃対策センター」を設置した。計画では官民合わせ5万人の警備体制を敷く予定で、全国の警察にも応援を要請する見込みだ。すでに7月からは施設が集まる東京・湾岸地区の警備をスタートさせている。ハイテク機器の導入も検討している。昨年の東京マラソンでは不審なドローンを捕獲する「迎撃ドローン」や、カメラ付きバルーンなどを配備するなど、3年後の本番に向けて準備を重ねている。


<重量挙げ・糸数、リオ4位入賞で巡査部長昇進>

 新宿区の第八機動隊寮に住む重量挙げ男子62キロ級の糸数陽一(26)は隊内の人気者だ。「食事の時など、みんなに『頑張れよ』とよく声をかけてもらいます」。就職先で引く手あまただった糸数が警視庁を選んだ理由の1つは「あったかい組織」と聞いていたから。自身の活躍が隊員を励まし、隊員の応援が自身の力になる。そんな相互関係が自然と生まれている。

 糸数はリオ五輪でトータルで日本記録302キロを出し、4位入賞した。この結果が認められ、今年6月には巡査長から巡査部長に昇格。「責任が問われる。立派な警察官になるよう励んでいきたい」。普段は制服も着用せず、銃も警察手帳も持たない。それでも、警察学校で学んだ基礎と厳しい訓練が「競技をやる上でも生きている」という。

 昨年秋には隊内の剣道場で集中的にトレーニングを積み初段に合格した。武道の練習が出来るのもメリット。次は相撲部への出稽古を検討中だ。「毎日五輪に出るだけではなく、メダルを取るための練習をしている」。68年メキシコ大会銀の大内仁以来2人目の重量挙げメダルへ、環境を十分に生かしていく。


<近代5種・朝長なつ美は踊る大捜査線憧れ入庁>

 近代5種の朝長なつ美(26)は、府中市内の第四機動隊で日々練習に励む。午前7時半から夕方まで水泳、射撃、ランニング、フェンシングをこなし、週1度は馬術が入る。内容は男子と一緒で「体の負担は大きいです」。皇居での一般参賀などの行事で警備につくことはあるが、朝長にとっては毎日の練習こそ警察官の仕事だ。

 ドラマ「踊る大捜査線」に憧れ、刑事になりたいと高卒で入庁した。ところが、警察学校にいた12年、体育の授業で水泳と陸上の素質を見込まれ、近代五種部からの勧誘が舞い込んだ。同部約50年の歴史で女子はゼロ。その年就任した黒臼昭二監督が新たに選手を探し始めたところだった。朝長は「もちろん競技を知らなくて。自分のやる姿が想像つかないからこそ、挑戦してみようと思った」と振り返る。

 同じく警視庁職員だった父省治さんは、朝長が入庁する1年前の10年4月に食道がんで死去。病床で「やりがいのある仕事だよ」と教えられていた。今は「近代5種に出会えて良かった」とやりがいを実感する。今季W杯初戦では日本勢最高位の4位。着実に力を伸ばす朝長は「東京五輪での金メダル」を一心に見つめている。


<射撃・佐藤明子、リオ決勝逃すも次へ「財産」>

 射撃女子の佐藤明子(33)は、リオ五輪2種目で42、34位と上位8人の決勝に進めなかった。「出ることで精いっぱいになってしまったが、大きな財産になった」と前を向く。江東区の術科センター内にある射撃場について「最新の電子射的があり、世界的に見ても大変良い環境」と感謝。東京五輪に向け「決勝進出とメダル獲得」を目標に掲げた。


(2017年8月30日付本紙掲載)


警視庁第4機動隊の指揮官車の前に立つ近代5種の朝長なつ美
警視庁第4機動隊の指揮官車の前に立つ近代5種の朝長なつ美