女子バスケットボール日本代表「アカツキファイブ」が、金メダル獲得へ向けて秘策を編み出した。2020年東京五輪の目標を「金メダル」と公言する元NBAプレーヤーのトム・ホーバスヘッドコーチ(HC)が打ち出している新戦術は、NBAで00年頃に生まれた人気戦術の「ストレッチ4(フォー)」をさらに進化させた「ストレッチ5(ファイブ)」。従来はゴール下を固めていた大型選手を含む、コート上の5人全員が3点シュートを打つ世界でも類を見ないシステムで頂点を目指す。【取材 矢内由美子】


3ポイントラインを背にボールを持つ渡嘉敷来夢(左)と高田真希(撮影・浅見桂子)
3ポイントラインを背にボールを持つ渡嘉敷来夢(左)と高田真希(撮影・浅見桂子)

チーム最長身193センチの渡嘉敷が3点シュートを打てば、主将で185センチの高田真希も果敢にアウトサイドから狙う。東京五輪のテストイベントを兼ねる8月の国際試合を控え、7月中旬に公開された女子日本代表合宿は、さながら3点シューターの競演。インサイドで無類の強さを誇る長身選手たちが、常識を打ち破る遠めの位置に立ち、こぞって3点シュートを決めていた。

これが、五輪制覇の野望を凝縮させた画期的新システム「ストレッチ5」だ。


3点シュートを放つ渡嘉敷
3点シュートを放つ渡嘉敷

バスケットでは各ポジションを1から5の番号で表すことも多く、ポイントガード(PG)が1番、シューティングガード(SG)が2番、スモールフォワード(SF)が3番、パワーフォワード(PF)が4番、センター(C)が5番となっている。番号が大きいポジションほど体格の大きな選手が担うのが一般的なチーム構成で、長身選手が任される4番や5番はリバウンドを取るためにゴール下を固めることが多い。

だが、インサイドでドンと動かずにいると相手守備がゴール下にとどまり、外からドリブルで進入していくときにスペースがない。そこで00年頃にNBAで誕生したのが、4番の選手がリングから遠い場所にポジションを取り、そこからシュートを狙い、自分のマークマンを外に引き出す「ストレッチ4」だった。


3点シュートを放つ宮沢(右)
3点シュートを放つ宮沢(右)

この戦術はすぐに流行になり、現在ではNBAで人気システムの1つになっているほか、身長で劣るチームにとって有効ともいわれており、日本人にはピッタリ。世界最先端の流行を熟知する一方で日本生活が長く、日本選手の特性を十分に理解しているホーバスHCが取り入れたのは自然な流れとも言える。



成果は既に形になっている。5~6月に行われた親善試合で昨年のW杯4位の強豪ベルギーに「ストレッチ5」を試して2戦全勝。特に第1戦は、普通のチームなら2、3人が決めれば良いという3点シュートを9選手が決めるという驚くべき内容だった。



この試合をテレビ観戦した渡嘉敷は、意識が変わったことを強調。「トムさんのシステムではセンターも3点シュートを打たないといけないし、それができなかったらチームに残れない」と危機感を口にしながら練習に励んでいる。これにはホーバスHCも目を細め「以前は3点を打たなかった渡嘉敷も今では普通に打っていて、4割くらい入るようになっている。このシステムは渡嘉敷の得点チャンスが増える戦術。すごく楽しみ」と、エースのさらなる成長に期待を膨らませた。


3点シュートを放つ高田
3点シュートを放つ高田

このところ3点シュートの精度を大幅に高めている高田キャプテンは、自信を深めながらこう語った。

「ストレッチ5になることによって、より中のスペースが空く。そこにドライブで切れ込む選手がいることでDFが中に寄っていくし、外からのシュートがもっと打ちやすくなる。このバスケットを40分間続ければ勝てる」

8月24、25日には埼玉で台湾との国際試合がある。まずはそこで「ストレッチ5」の威力を確認し、4連覇を目指す女子アジア杯(9月24~29日、インド・バンガロール)、そして東京五輪制覇へとつなげていく。


トム・ホーバムヘッドコーチ
トム・ホーバムヘッドコーチ

●東京五輪の代表選考

12カ国が参加。日本は今年3月の国際バスケットボール連盟理事会により、男女とも開催国枠での出場が決まった。日本代表選手(男女各12人)は、代表候補による複数回の合宿や強化試合などを経て、来年6月ごろに決まる。


女子バスケ過去4大会の戦術

◆忍者ディフェンス&マッハ攻撃(76年モントリオール五輪) 日本リーグでニチボー平野、ユニチカ山崎(いずれも現ユニチカ)の黄金時代を築き、全日本も指揮した尾崎正敏監督が考案。身長の高い欧米勢に、目にも留まらぬスピードで相手に40分間まとわりつくオールコート守備を忍者になぞらえた。攻撃では75年世界選手権(銀メダル)得点王で身長162センチの生井けい子を中心とする素早い攻めをマッハ攻撃と称した。6チームによる総当たりの五輪で、米国を84-71で破って世界を驚かせた。

◆ハヤブサ攻撃&パトリオット防御(96年アトランタ五輪) シャンソン化粧品で日本リーグ10連覇を果たした中川文一監督が考案。俊敏で攻撃力に富む鳥のハヤブサと、大型ミサイルを連射で迎え撃つパトリオット砲に例えて付けた。原田裕花や一条アキのスピードを生かしたプレーで、1次リーグでバルセロナ五輪銀メダルの中国に勝ち、米国に93-108と善戦。7位に入賞した。萩原美樹子や加藤貴子ら機動力のある180センチ級の選手が次々誕生する幕開けとなった。

◆オールコート守備と平面バスケットへの回帰(04年アテネ五輪) 元男子日本代表の内海知秀が、能代工業出身者初の代表指揮官に就任。世界に高さでは対抗できないと、スピードのある選手を多く選考。平均身長がアトランタ五輪より約2センチ低くなった。攻撃はインサイドの浜口典子(183センチ)のポストプレーからの展開が軸。オールコート守備による平面バスケットを掲げたが五輪予選突破から本番まで約半年で戦術整備が難しかった。

◆トランジション&ファストブレーク(16年リオデジャネイロ五輪) JX-ENEOSで多くのタイトルを手にした内海監督が再登板。女子アジア選手権(現女子アジア杯)を13、15年と連覇した実力と経験のあるメンバーを軸に、PG吉田亜沙美とセンター渡嘉敷来夢の2枚看板が中心となり、素早い攻守切り替え(トランジション)からのファストブレーク(速攻)を前面に押しだした。速攻が得意な本川紗奈生を目がけ、自陣からワンハンドで供給する吉田のロングパスはレーザービームと呼ばれて各国から恐れられた。


●最高はモントリオール5位

◆日本の女子バスケットボールと五輪 五輪で女子バスケットが初めて正式競技になったのは76年モントリオール五輪で参加国数6からのスタート。88年ソウル五輪から8カ国に増え、96年アトランタ五輪から12カ国になった。日本女子は過去に4度出場し、最高成績は76年モントリオール五輪の5位。以後、96年アトランタ五輪7位、04年アテネ五輪10位、16年リオデジャネイロ五輪8位。