陸上の世界選手権が27日にカタールのドーハで開幕する。世界トップの激突は、来年の東京五輪の前哨戦。マラソンを除く個人種目は、メダル獲得かつ日本人最上位で東京五輪代表に内定となる。その第1号の、最有力候補が、日本人が過去2大会でメダルを獲得している男子50キロ競歩の鈴木雄介(31=富士通)だ。20キロ競歩の世界記録も持つベテランは約3年の故障を乗り越え、今年4月に50キロの日本新記録を更新するなど復活。過去にない「心の余裕」を持って、金メダルへの歩みを進める。


日本記録を樹立し、電光掲示板の横で笑顔の鈴木(撮影・上田悠太)
日本記録を樹立し、電光掲示板の横で笑顔の鈴木(撮影・上田悠太)

王者の風格というよりも、悟りを開いたような心の余裕を感じさせる。鈴木に焦り、気負いはない。

「自分の力を出し切ることに尽きるのかなと。相手が強かったら、仕方ないという気持ちの持ち方ができるようになりました。今までの世界大会より圧倒的に心の余裕を持って、練習をできていると思いますね。現状の鈴木雄介の体が、鈴木雄介なのかなと」

その境地は紆余(うよ)曲折を経た経験の産物だ。15年3月に20キロ競歩で1時間16分36秒の世界新記録を樹立。その5カ月後、中国での世界選手権では金メダルの期待を背負った。「『あれをやらなきゃ』『これもやらなきゃ』と自分で自分を追い込んでいた」。足りない部分に悩み過ぎ、練習を重ねては、調子を落とす負の連鎖に陥った。結果は11キロ付近で途中棄権。しかも股関節痛で痛み止めを飲みながらの強行出場だったため、代償も大きかった。そこから長い恥骨の痛みを伴うグロインペイン症候群との闘いを余儀なくされた。

ブランクは2年9カ月。昨年5月に実戦復帰した時は30歳。もちろん世界を目指していたが、自身への期待値は正直、高くなかったという。しかし、その副産物が新しい長所を生み出す。「調子は、悪い時、駄目な時は『別にいいや』と、いい諦め方をすることによって、すぐに戻る」。調整能力が格段に上がったのだ。30歳にして、新たな自分を知ることになった。

「今は2週間あれば、体調を整えられる自信がある。ある程度の準備をしておけば、レース1カ月前に調子が悪くても、ベストコンディションに持っていける。考えすぎてしまっていた部分を、うまくコントロール、俯瞰(ふかん)できるようになった。故障をしたのが大きかった」

プライベートでも以前は断っていた、飲み会や遊びの誘いにも可能な範囲で、顔を出し、気分転換も積極的にするようになったという。

「いろんな人と会うことでモチベーションが上がる。そういう場にいって、直接『応援しているよ』という言葉が聞けるようになったから、相乗効果も感じられています」

復帰後、20キロでは世界選手権の代表を逃したが、事実上の50キロ初挑戦となった4月の日本選手権では、従来の日本記録を40秒更新する3時間39分7秒で優勝。過去4度とは違い、50キロで初の世界選手権代表の座を勝ち取った。本当は20キロの方が好きだが、自らの特性、国内外のライバルの力を鑑み、東京五輪で金メダルを獲得するため、それまでは50キロで戦うと心に決めた。

4年ぶりに日の丸を背負う。深夜23時半スタートで、日差しはなくとも暑さの厳しいドーハ。明確にレースプランを描く。

「まずは心拍、体の余裕度を加味し、完歩できるペースを把握し、後半まで維持することが重要。勝負のラスト10キロで余裕があればスパートするイメージ。初めから気負いすぎず、後半にしっかり上げる」

心に余裕を持ち調整を重ねながら、目指す場所はぶれない。

「競歩を始めた時、いや、ずっと、小さなころから金メダルが1つの夢。大きなチャンスなので、それをつかみにいきたい」

その夢は東京五輪とつながっていく。【上田悠太】

◆鈴木雄介(すずき・ゆうすけ)1988年(昭63)1月2日、石川県能美市生まれ。石川・辰口中で競歩を始め、小松高から順大を経て富士通。世界選手権は09年ベルリン大会42位、11年大邱大会8位(後に6位へ繰り上がり)、13年モスクワ大会12位、五輪は12年ロンドンで36位。今年3月の全日本競歩能美大会は4位。いずれも距離は20キロ。なめらかで無駄のない歩型で失格経験がなし。169センチ、57キロ。


●データ 国際陸連は18日付で世界選手権(27日開幕・ドーハ)の暫定エントリーリストを発表している。男子100メートルは今季世界最高の9秒81を出したクリスチャン・コールマン(米国)ら72人が名を連ねた。今季9秒台で走った選手は15人。サニブラウン・ハキーム(米フロリダ大)の9秒97は11番目、小池祐貴(住友電工)の9秒98は14番目に当たる。シーズンベストをみると、男子走り幅跳びの城山正太郎(ゼンリン)は8月につくった日本記録の8メートル40が27選手中2位。同20キロ競歩は山西利和(愛知製鋼)池田向希(東洋大)が1、2位で、50キロ競歩の鈴木雄介(富士通)は3番目のタイムを持って臨む。同400メートルリレーの日本は英国に次ぐ37秒78。正式リストは26日以降に発表。


<主な日本選手出場種目の見どころ>

◆男子100メートル

代表3人が自己記録9秒台という史上最強の布陣で挑む。全員が日本勢初となる決勝進出の可能性を秘める。注目のサニブラウンは個人種目を100メートルに絞って臨戦態勢。桐生はピンなしの新スパイクも注目。小池は強豪に気後れしないたくましさがある。


◆男子200メートル

3人とも初出場というフレッシュなメンバー。小池は100メートルからレースが続く中、疲労なく走れるかが日本勢2大会連続となる決勝進出のカギとなる。伸び盛りの白石は、後半の伸びがどこまで通用するか。山下はまず、予選突破を狙う。


◆男子110メートル障害

高山は、組分けに恵まれれば、決勝進出も夢ではない。目標は「準決勝進出」と謙虚だが、8月に記録した日本記録13秒25は、今季世界11位で安定度も備える。泉谷は鋭いスタートが武器。金井は、日本選手権失格の屈辱を世界の舞台で晴らしたい。


◆男子走り高跳び

2メートル35の日本記録を持つ戸辺は世界ランキング1位。夏は調子を崩したが、技術の修正を施しメダル争いを繰り広げる。混戦模様だけに優勝も。白いハチマキがトレードマークの衛藤も力は十分。初出場の佐藤は招待枠でチャンスを得た。


◆男子走り幅跳び

代表の3人は絶好調。日本選手権3連覇の橋岡は日本歴代2位の8メートル32の自己記録を持ち、決勝進出の期待大。この夏、金メダル級となる日本記録8メートル40を樹立した城山と自己記録8メートル23の津波は助走速度が速く、はまれば1発がある。


◆10種競技

右代は大会直前に選出を巡るゴタゴタがあり、出場資格がなかったことが判明。“誤選出”していた日本陸連の麻場強化委員長が、選出を巡る不手際で謝罪会見する騒動に。しかし、結局欠場者が出たことで繰り上げの形で出場する。17日に問題が表面化、18日に陸連の謝罪会見、20日に一転出場と目まぐるしく動き、本番を迎える。


◆男子400メートルリレー

世界大会で悲願の金メダルを目指す。走順は小池-白石-桐生-サニブラウンの予定。ついにリレーで世界デビューする見込みのサニブラウンは200メートルには出ず、100メートルが終わればリレーに専念。課題となるバトンの連係を磨きあげて世界王者に挑戦する。


◆男子20キロ競歩

山西は世界ランキング1位で金メダルの有力候補。昨夏のアジア大会は銀メダルだったが、京大卒の男は着実に力を伸ばしている。世界ランキング2位で東洋大3年の池田も安定感がある。高橋は課題の世界で戦うメンタル面を克服し少しでも上位を狙う。


◆男子50キロ競歩

日本記録保持者の鈴木に金メダルの期待が懸かる。結果を求め、20キロから転向したベテランの悲願なるか。前日本記録保持者の野田もスピードがある。歩型が改善され、反則を取られなければ、優勝も狙える。勝木も昨夏のアジア大会を制した。


◆女子1万メートル

13年モスクワ大会5位だった新谷がどこまでやれるか。14年1月に1度引退を表明し、会社勤めを経て、昨年6月に現役復帰した。4年半のブランクを感じさせない31歳がアフリカ勢に積極策で挑む。山ノ内は元市民ランナーで、17年夏に京セラ入社の異色派。


◆女子やり投げ

64メートル36の日本記録を持つ北口に日本勢初入賞の期待。3投目までに好記録を出す力もつけ、11年大邱大会の海老原の9位を上回る気配。夏以降は欧州で調整を続ける。佐藤は、日本選手権での自己記録を3メートル66更新した62メートル88を再現し食らいつきたい。