18年夏、日本ボクシング連盟第12代会長だった山根明氏(81)が辞任した。選手への助成金不正流用などを巡り、騒動は過熱。辞任表明時は「選手の皆さまには、このような問題があったことに関して法人の会長として申し訳ない」と言葉を残した。あれから約2年7カ月。「あの人は今」の第2回は、山根氏が現状や東京オリンピック(五輪)への考えを語った。

妻が経営するOasisで取材を受ける日本ボクシング連盟・第12代会長の山根明氏(撮影・上田博志)
妻が経営するOasisで取材を受ける日本ボクシング連盟・第12代会長の山根明氏(撮影・上田博志)

-「日本ボクシング連盟会長」の肩書が外れた

山根氏 「ゆとり」っていうのもあるんですけどね、ほん~~まに楽になりました。考えること、なし! アマチュアボクシングの会長をしている時はね、毎日朝から晩までボクシングに頭を使っていましたからね。今はそういうことを、一切考えなくていい。

-心境の変化が大きい

山根氏 やっぱりね、今まではボクシングしか分からない世界にいててね。今は一般の市民と交わって、いろいろな勉強をさせてもらっています。性格的に変わるとかじゃなくて、自分が生きている間は「人生、死ぬまで勉強」だと昔から言っていますから。あの(騒動の)時はバッシングにも逃げずにいた。物を言う以上は命を懸けていますから、そりゃあきつい顔をしていますよ。そんな時に笑い顔になれますか? だから「こわもて」とか言われたけど、その状況ですから、しょうがないでしょう。

-今は笑顔が増えた

山根氏 20代や30代の女性にね「かわいい」って言われるんです。もう恥ずかしいんですよ。いつも「写真撮って」って言われるし、抱擁にもくるんです。

-現在の生活は

山根氏 僕はね、朝方の3時ごろに寝るんですね。起きたら7時です。4時に寝たとしたら、8時です。睡眠時間は4時間。それでね、騒動の時に報道陣が殺到して3カ所ぐらい喫茶店にご迷惑をおかけしたから、朝、顔出しに行くんです。大阪市内の自宅近くのね。毎日ですよ。だからね、1日にコーヒー7杯とか飲むんです。(騒動があった18年夏から新型コロナウイルス感染拡大前の)1年半は店が休みの日以外、3カ所きちっとね。昼からはね、嫁のね、用事があるからね、僕は運転手をするんです。今の嫁がバッシングの時も最後まで逃げずにいてくれたから、嫁の用事を手伝うことが恩返しですよ。

-会長当時はそうではなかった

山根氏 それまでははっきり言ったら「亭主関白」やった。「なんや!」って、嫁に物を言わせんかった。それがね「かかあ天下」になっとんねん。こういうことを言えるっていうのも、一般の市民になったから言えるんやね。会長やったらそれ、言えないですよ。どしっとしとかなアカン。嫁さんの車の運転? とんでもない話や! それも1つの健康法ですね。僕らの年代で家にじっといてたら、「じじい」が「ダブルじじい」になるからね。

 
 

-コロナ禍で東京五輪開催に否定的な声が多い

山根氏 僕はね、やっぱりね、競技団体の責任者としてやってきた以上はね、選手のためにね、ぜひ東京五輪をやってほしい。一般の方にはね「男山根、お前、何言ってんねん」って言われてもしゃあないんですけど、僕は真実を言いますからね。選手のことを考えたら、やってもらいたい。

-「お前、何言ってんねん」と言われても、仕方がないと思うのは

山根氏 しょせんはね、命あっての日本国であるし、その中に選手がいてる。国が滅びてもうたら、何もできませんからね。僕はね、一般市民としての心境も重なっているわけですよ。「五輪をやるな」っていう一般市民の意見に対して、決して抵抗感はありません。

-どこに五輪の魅力を感じる

山根氏 AIBA(国際ボクシング協会)の常務理事をしていた(96年)アトランタ、日本代表監督の(00年)シドニー。それに48年ぶりの金メダル(村田諒太)、44年ぶりの銅メダル(清水聡)を取った(12年)ロンドンと、3回経験してるかな。五輪は簡単に言ったらね「異常な雰囲気」ですね。悪い意味じゃないですよ。ホンマ花で言ったらバラみたいに「ふわ~っ」と咲いてね。僕はその表現しかできないね。開会式で中に入ったらね、自分の体が空中に浮いた気分。それだけ五輪は異常で素晴らしい。五輪に出場する以上に、予選ってプレッシャーかかるんですよ。それを突破して、五輪に出てね。どの競技を見てもね、選手が生き生きしている。それが、五輪じゃないかなと。全世界のみんなが顔を合わせて、笑えるっていうことがね。その時点で幸せです。

-会長時は東京五輪をどう捉えていた

山根氏 東京に来た(決まった)時にうれしい半面、しんどかった。しんどいのとね、第一に「メダル」っていうのが先にきたの。ロンドンで歴史を作ったでしょう? そんじゃあ「東京でやるならもっとメダルが生まれる」ってね。ボクシングに関係ない人間でも「山根会長、5~6個ぐらいとれますね」って簡単に言うわけ。それがすごい荷物になってね、苦しんだわけ。うれしいんやけどね。

-競技団体の人にとっても、五輪は大きい

山根氏 そりゃあ強化するにはね、無論お金もいりますけど、選手に対しての愛がいりますよ。口でナンボ言っても、今の子どもらは賢いですから。「このおっさん、何を言っとるんや」ってなりますね。よく口先だけで「選手のため」とか言う、役員がおるんです。例えば選手が計量に苦しんでいる。僕はそういうところに行ってね、背中に手を当てて「きついんか?」。耳元で「耐えることも根性やで。頑張れ」と言うだけです。左ストレートがどうのこうの、そんなん言いません。今、はやってる「選手ファースト」っていう言葉は「選手を第一に」っていう意味? ちゃんちゃらおかしい! 僕は43年間アマチュアボクシングに携わって、217回の海外遠征をしても、そんな表現は使ったことがないの。口だけでそんなこと言ってるヤツらは「海外に行って、選手と共に寝起きして、選手の荷物を持ってから言え!」と、いつも思うね。

-他に言いたいことは

山根氏 コロナウイルスに対してね、皆さんに言えることは「耐えることも大事ですよ」とね。山根明は日本を世界一やと思っています。日本国の政治はね、いろんな党がありますけどね、政治家も一生懸命やっていますよ。だからね、どの党が日本国の首相になっても構わんのですけど、日本国の政府が言っていることを我々は聞いて、守るべきであると思うんですよね。やっぱり国の責任者が「○○」と言った場合は、それに従うのも大事です。山根個人の意見ですが、僕はそう思います。

-今後は何をする

山根氏 人間は常に希望を持ち、野望を持つ。悪い野望を持ったらダメですよ。ええ意味での野望ですよ。男山根が社会に貢献できること、ちょっとでもプラスになることを考えていったら、生き生きとするね。【取材・構成=松本航】

 
 

◆山根明(やまね・あきら)1939年(昭14)10月12日、大阪・堺市生まれ。奈良県でボクシング強化に携わり、日本ボクシング連盟理事などを歴任。11年から会長。18年8月に辞任し、同連盟から除名された。19年にプロの新団体「ワールド・ヤマネ・ボクシング・チャンピオンシップ(WYBC)」を設立し「アマチュア界で生きてきて、この年になって金もうけとか、今更できない。100%ボランティアですからね。若い世代にチャンスを与えるために立ち上げた」。

<18年の会長辞任騒動VTR>

◆7月27日 アスリート助成金を不正流用するなどした疑いがあるとして、都道府県連盟の幹部や歴代五輪代表選手ら333人が日本オリンピック委員会(JOC)などに告発状を送付

◆8月1日 全国高校総体(岐阜市)の開会式で告発状を作成した「日本ボクシングを再興する会」発起人の1人が日本ボクシング連盟執行部の総退陣を要求。山根氏の出身母体である奈良県有利の判定がなされる疑惑にも言及。同連盟は公式サイトで不正はないと反論。山根氏は大腸ポリープ摘出手術の影響で姿なし

◆7日 日本ボクシング連盟が緊急理事会。山根氏は「明日の12時に気持ちを伝えます」と進退を表明する意向を示す

◆8日 山根氏が会長辞任を表明。告発状に関しては助成金問題以外を全否定

18年8月9日付紙面
18年8月9日付紙面

◆15日 日本ボクシング連盟は山根氏が会長、理事に加えて、関西連盟と奈良県連盟の役員、会員も退くことを公式サイトで発表

◆22日 同連盟が現職理事の総辞職を発表

◆9月8日 内田貞信氏が、日本ボクシング連盟新会長に就任すると決定

◆28日 日本オリンピック委員会(JOC)などの要請で設置された第三者委員会が、告発状の12項目中9項目において事実の可能性があると結論

◆19年2月10日 日本ボクシング連盟が山根氏の除名を決議