オリンピックの感動を伝えてきた放送業界。テレビよりはるか古く、1932年(昭7)米ロサンゼルス大会から中継の歴史を持つのがラジオだ。今回は、声と音だけでスポーツの躍動感を伝えるラジオ実況のミラクルにフォーカス。東京五輪の実況も務めるニッポン放送山内宏明(52)、洗川雄司(44)両アナウンサーに、その極意と、知られざる舞台裏を聞いた。【取材・構成=梅田恵子】

ニッポン放送の洗川雄司アナウンサー(左)と山内宏明アナウンサー
ニッポン放送の洗川雄司アナウンサー(左)と山内宏明アナウンサー

-山内アナはアテネ五輪(04年)、洗川アナはロンドン五輪(12年)以来の五輪実況ですね。東京大会に起用された時の心境は

山内 まさか自分が、という感じでした。アテネで五輪の実況は最初で最後と思っていたので。

洗川 僕も一生に1度だと思っていたので驚きました。自国開催という注目度を勝手に想像して、余計に緊張して。

-新型コロナで大会が1年延期という異例の事態も経験しています

山内 思いっきり自分にプレッシャーをかけてやってみようと思ったところで延期になりまして。前のめりになっていた頭を冷やすため、趣味の座禅が役に立ちました。落胆したり失望したりせず、平常心を大事にしようと。

洗川 去年はプロ野球も6月まで開幕できず、スポーツアナウンサーとしての仕事が一時期全部止まってしまった。五輪はふだん実況したことがない競技もあるので、本番までどのくらい取材できるのかという不安がありました。今も直接取材できないので、あれも足りないこれも足りない、という気持ちが半分以上。

-なじみのない競技には何から取り組むのですか

洗川 僕の場合、まずはお子さんが読むような図解付きのルールブックから勉強します。今は各競技団体が動画サイトに資料映像を載せていたりするので、それを見ながら実況したりもしますね(笑い)。

山内 その道の人に会いに行って教えてもらったり、そういう作業も楽しいんですよ。ラジオでほとんどやらない競技の場合、人の実況を聞いて勉強したりもします。「これが水泳実況のキーワードか。これを言っておけば水泳っぽく聞こえるのか」って(笑い)。ただ、スポーツアナウンサーは条件反射で言葉を出している部分もあるので、野球で「センター前ヒット」と言うくらい自然に言葉が出るようにするには練習あるのみです。

洗川 逆に、条件反射が怖いという体験もあるんですよ。ロンドン五輪の陸上男子400メートルリレーでウサイン・ボルトのジャマイカが世界新記録で優勝したレースを実況したのですが、普段競馬中継も担当しているので、思わず「何馬身」とか言いそうになるのを必死にこらえている自分がいるわけです(笑い)。あの大歓声の現場にいると尋常じゃない精神状態になってしまう。普段の自分が試されるなあと。

12年ロンドン五輪 陸上男子400メートルリレー決勝で36秒84の世界新記録でゴールするジャマイカのウサイン・ボルト(手前)
12年ロンドン五輪 陸上男子400メートルリレー決勝で36秒84の世界新記録でゴールするジャマイカのウサイン・ボルト(手前)

-映像がないラジオで、音と声だけでスポーツを伝えるスキルはミラクルだと思いますが、何かコツはあるのでしょうか

山内 自分の母親に話し掛けるように、と心がけています。競技を知らない人にも分かりやすく、という意味で。展開ぐちゃぐちゃでよく分からない時は、解説の方と「よく分かりませんね」と言っちゃうのもひとつの手です(笑い)。

洗川 省く作業は必要だなと。全部の動作を描写して言葉で埋め尽くしても聞きこなせないので、瞬間で言葉を選ぶチャレンジは面白いところです。あとは、表情ですね。ロンドンで三宅宏実さんが重量挙げで銀メダルをとった時、狙った銀メダルだったので、2位で終えた時のやりきったような表情が印象的だったんです。はにかんでちょっと舌を出して、というところを。極限に置かれた選手たちの表情は大事にしています。

12年ロンドン五輪 重量挙げ女子48キロ級 ジャークで108キロに成功した三宅宏実
12年ロンドン五輪 重量挙げ女子48キロ級 ジャークで108キロに成功した三宅宏実

-そんなおふたりのあこがれのラジオ名実況は

洗川 王貞治さんが世界新記録の756号ホームラン(77年)を打った時の枇杷阪明アナウンサーの実況ですね。「入った、ホームラン」の後に「王、バンザイ」と言うんです。先に数字や記録のことをしゃべりがちなスポーツ実況もありますが、あの場面で皆さんが思い出すのは王さんのバンザイの姿だと思うんですよね。人の記憶ってそういうものだと心得た名実況だと思います。

77年9月、756号本塁打を放ち両手を上げて喜ぶ巨人王貞治
77年9月、756号本塁打を放ち両手を上げて喜ぶ巨人王貞治

山内 僕は、アテネ五輪の野球で、放送席にボールが飛び込んできた時の自分の実況ですね(笑い)。ボールが向かってきた、飛んできた、「あぶなーい!」って。結果的に隣のブースでしたが、同じ場にいたTBSの初田啓介アナが僕を押したので「初田啓介さんが僕を押した!」と実況したら、上司に「お前のひと言で台無しだ!」と怒られまして。でも、よその局で伊集院光さんが「よくぞここまで実況してくれた」と取り上げてくれたらしくて。まあ、聞いた人は忘れないんじゃないかと(笑い)。

04年アテネ五輪 野球イタリア戦でベンチに飾られた長嶋監督のユニホーム(右端)
04年アテネ五輪 野球イタリア戦でベンチに飾られた長嶋監督のユニホーム(右端)

-東京五輪は、自国開催でありながら国民もさまざまな制約の中で大会に触れることになります。メディアの役割や使命は大きいですよね

洗川 テレビで見たもの、ラジオで聞いたものが、それぞれの人にとって「2021年ってこうだったよね」という自分史の記録、記憶になると思うので、責任の大きさを実感しています。でも、普段から自分たちは会場に来られない人のためにしゃべっているので、その思いを忘れずに臨めばいいのかなという気持ちでいます。

山内 閉塞(へいそく)的な状況の中で、たぶん終わってみたら、競技や選手の躍動に力をもらったという人がたくさんいると思う。主役は選手なので、僕らはそっと力を添えさせていただくだけ。聞いてくれた人が、後に「ラジオでアナウンサーが興奮気味にしゃべっていた」と、そのへんの飲み屋で話してもらえたらうれしいですね。


■アナウンサーがディレクターを兼務

五輪のラジオ中継は、NHKラジオと民放ラジオが垣根を越えて組織する共同放送機構ジャパンコンソーシアム(JC)として制作している。民放アナの実況がNHKラジオで流れたり、その逆もあったりという非日常を耳にできるのも五輪中継の魅力だ。

JCで一丸となって制作するのはテレビも同じだが、ラジオチームには「アナウンサーがディレクターを兼務する」という独特のシステムが受け継がれているのが面白いところだ。

違う局のアナウンサー同士がペアを組んで試合会場に行き、どちらかが実況、どちらかがディレクターを務める。ペアはほぼ日替わりで組まれ、大会期間中の実況担当、ディレクター担当のバランスは半々くらいという。アナウンサーにとっては、未知のディレクター業務と、他局のカルチャーに触れる貴重な機会でもある。

ロンドン五輪でJCを経験している洗川アナも、他局文化に触れて感動したという。「ディレクターについてくれた他局のアナが、放送終了までのカウントダウンを指を折ってやってくれて新鮮でした。ニッポン放送の場合、『○分○秒まで』というメモ書きが来るだけなんですよ。アナウンサー自身が時計を見ながら残り時間を把握するので、わざわざ10秒前から僕の目の前でカウントをとってくれて、『わっ、初めて見た』って」。また「自分がキュー出しするのも新鮮な体験でしたし、いいタイミングでメモを入れてくれるアナウンサーの仕事ぶりも勉強になりました」。

山内アナは「僕は怒られっぱなしでした」と苦笑い。「スコアシートもその書き方も局によっていろいろ。向こうが持ってきたシートに書き込んで持って行っても、なんかその人の思い通りにいっていない感じ。ストレスがたまったと思います」。

陸上競技でディレクターについた時は、試行錯誤が思わぬ形で報われた。「ペアのアナウンサーから『午前中の予選結果を一覧表にしておいてくれ』と言われたのですが、陸上は競技数が多いので予選結果も膨大。紙1枚じゃ済まなくて5枚になっちゃって、全部くっつけて巻物にしちゃって」と笑い「渡したら『これはいいね。斬新だねえ。持って帰るよ』と喜ばれて、うれしかったです」。

洗川アナは「各局のアナウンサーが、ディレクターとして全員で集まって資料を作ったりするうちに、局の垣根を越えて“チームニッポン”になっていく。これもオリンピックの醍醐味(だいごみ)だと思います」。

ロンドン五輪国際放送センター内の民放ラジオブース。夜はメダリストインタビューも行われた(ニッポン放送提供)
ロンドン五輪国際放送センター内の民放ラジオブース。夜はメダリストインタビューも行われた(ニッポン放送提供)

■NHKと民放5局「ラジオJC」構成

ラジオJCは、NHKと民放5局(TBSラジオ、文化放送、ニッポン放送、Tokyo fm、J-WAVE)で構成している。制作本部幹事を務めるニッポン放送報道スポーツコンテンツセンターの野島哲男氏は「各局からアナウンサーと技術スタッフが派遣され、総勢二十数名ほどのチームになる見込み」。

BSを含めすべての競技を中継するテレビと違い、ラジオの中継競技は限られたものになる。そのセレクトも、注目度などによって大会ごとに異なる。野島氏は「映像がないメディアで採点競技には向かないため、得意分野の野球、サッカーのほか、バドミントンや卓球などの対面競技、陸上、競泳などのレース競技などを中心にした構成になる」という。

また、JCではないが、大会期間中、民放連統一番組として実況入りの10分ほどのスポーツニュースを制作し、全国の民放ラジオ99社で共有するのもテレビにはない取り組み。スポーツ局を持たない地方の小さなFM局でも五輪情報を楽しめる趣向となっている。

■互いの魅力

山内アナは、洗川アナの実況の魅力について「緻密な実況をしますので、テレビよりも鮮明な映像が思い浮かぶと思います」。洗川アナは、山内アナの実況について「質実剛健。隠し球の瞬間も逃さない正確な実況をぜひ聞いてほしい」と話している。

東京五輪を直前に意気込みを語りグータッチするニッポン放送洗川雄司アナウンサー(左)と山内宏明アナウンサー(撮影・中島郁夫)
東京五輪を直前に意気込みを語りグータッチするニッポン放送洗川雄司アナウンサー(左)と山内宏明アナウンサー(撮影・中島郁夫)

◆山内宏明(やまのうち・ひろあき)1969年(昭44)4月25日、東京都生まれ。早大教育学部卒。93年ニッポン放送入社。「ショウアップナイター」など主にプロ野球中継を担当。趣味はマラソン。ハーフマラソン自己ベストは1時間40分57秒。おうし座、A型。

◆洗川雄司(あらいかわ・ゆうじ)1977年(昭52)6月16日、長崎・五島市生まれ。早大社会科学部卒。01年ニッポン放送入社。ショウアップナイター、Jリーグラジオなどで実況を担当。趣味はセクシーなグラビア&DVDの研究。ふたご座、A型。