「ノックアウト寸前」からいまは? 五輪実施競技の中で、ボクシングは異例の事態が続いている。リオデジャネイロ五輪での八百長疑惑に端を発し、東京五輪の除外の可能性まで波及したのは3年前。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が懸念を表し、その後はIOC自らが国際ボクシング協会(AIBA)に代わり五輪の運営を担ってきた。果たして、ピンチを乗り越えたのか。試合形式と同じ3ラウンドに分けて、形勢を読む。【取材・構成=阿部健吾】

ボクシング除外検討
ボクシング除外検討

<1ラウンド>

いきなりの強烈なストレートだった。18年2月、平昌五輪が開催された韓国で、バッハ会長は言った。「20年東京大会、18年ユース大会からのボクシング除外を検討する」。パンチを見舞った理由は…。

(1)リオ五輪で相次ぐ不可解な判定があり、八百長疑惑が噴出。規約違反を指摘されて17年11月にAIBAの呉経国会長が辞任。組織のガバナンスも問題になり、IOCは分配金を含むすべての支払い停止を決め、1月末までに報告書提出を求めた。

(2)1月下旬に副会長だったラヒモフ氏を新会長代行(のちに会長就任)に選出。改善点などを含んだ報告書を提出し、「問題はすべて解決した」と発表した。これにIOCが激怒。バッハ会長は「ガバナンス、資金面、審判の判定、ドーピング、すべて満足のいく内容ではない」と突き返した。ラヒモフ氏がマフィアなどの裏組織との関係がささやかれ、米財務省から「ウズベキスタンの代表的な犯罪者の1人で、ヘロイン売買に関わる重要人物」と指摘されていたことも火に油。

18年11月にはIOCが調査委員会設置や五輪準備凍結を決定。AIBAは「財政健全化を達成したと言える」などと主張し、事態は好転せず。19年3月にはラヒモフ会長が退任し、代行体制に。「カウンター」の一撃を打ち出せず。

 
 

<2ラウンド>

19年5月、異例の形で東京五輪での実施が決定した。AIBAには、承認団体の資格停止処分を科す一方で、予選、本番の運営を担う特別作業部会(ボクシング・タスクフォース=BTF)を設置。IOC委員で国際体操連盟会長の渡辺守成氏が座長に就任した。KOは免れることに。主な改革案は…。

(1)八百長疑惑対策に審判の徹底調査。基本はAIBAの審判資格保有者から高いカテゴリーを持っており、過去の審判実績に加え、世界的コンサルタント会社の協力も得て、スポーツ界では持ち得ない情報までの調査や公平な審判の教育を行った。アジア予選の時はアジアの審判を使わず、他の大陸の審判を使うなど、公平性を確保した。

(2)採点をラウンドごとの公開採点に。体操で使用される人工知能(AI)技術なども活用する動き。20年2月のアフリカ予選、同3月のアジア・オセアニア予選では「参加国からは『ラウンドごとのスコア公開などのルール変更や審判技術も改善された』とのご評価をいただきました」(渡辺氏)。頼もしい“セコンド”の指示で巻き返しに入った。

 
 

<3ラウンド>

20年4月の欧州予選が新型コロナウイルスの影響で中断し、東京五輪までの計画が崩れた。21年2月には、当初6月に予定の世界最終予選を中止に。その後、5月の米大陸予選も断念。予選を行えず、該当枠は、BTFが17年以降の国際大会の実績で作成したランキングで出場者を選ぶことに。

コロナ禍で苦渋の決断を下したBTFだが、この判断を巡り、有望若手選手を抱える日本が再考を促す嘆願書を提出するなど、各国で思惑がにじむ要望がBTFに届く。渡辺氏はこの動きに「IOCは今回の現象にあきれているというのが正直なところ」。

五輪の理念はお互いに尊重し合い、社会に貢献すること。「多くの国は当然その痛みを理解し、世界全体の公平性を考えたら痛みは分けないといけないというのが暗黙の了解でした。しかし…」。自国の利益を優先する姿に、「いまの組織運営のカルチャーはオリンピック精神と同調していません」と言い切る。

AIBAの体制自体も「同調」を感じさせない。昨年12月にウマル・クレムレフ氏を新会長に選出したが、このロシア連盟会長はIOCが疑義を唱えていた人物。「AIBAの負債の一掃が最優先事項」とし、ガバナンスの再構築、パリ五輪までにIOCへ復帰する計画に自信を見せるが、先行きは不透明。

BTFが続けて運営を担うパリ五輪では、出場枠が30人減らされ、男女で252人の参加となる。厳しい判断が続き、今後も3年前のような「強烈なストレート」が見舞われる可能性がないとは言い切れないのが現状だ。

 
 

<メダルも期待 日本代表精鋭>

先行き不透明ではあるが、日本代表には東京五輪でメダルの期待がかかる選手もそろう。注目は女子。昨年のアジア・オセアニア予選で代表を勝ち取った2人に期待がかかる。

女子フライ級の並木月海(自衛隊)は153センチの小柄を補う鋭い踏み込み、強打の右が武器。幼少期には那須川天心と手合わせ経験も持ち、いまも親友だ。

女子フライ級代表の並木月海(2019年2月8日撮影)
女子フライ級代表の並木月海(2019年2月8日撮影)

同フェザー級の入江聖奈(日体大)は、鳥取県で初の女子アマチュアボクサー登録をした選手。小2で偶然読んだ漫画「がんばれ元気」の世界観に魅了され、それからはボクシングいちずだ。名門大の看板選手としても使命感を持つ。

女子フェザー級代表の入江聖奈
女子フェザー級代表の入江聖奈

男子は開催国枠含めて4人が代表に決まっている。注目は「アマチュアのプロ」になったウエルター級の岡沢セオン。4月からフィットネスジムを経営する「INSPA」を所属先に、開拓の道を歩む。長い手足を生かしたアウトボクシングだけでない成長を刻めば、メダルも見えてくる。

男子ウエルター級代表の岡沢セオン(2020年2月7日撮影)
男子ウエルター級代表の岡沢セオン(2020年2月7日撮影)

世界最終予選の中止で、ラストチャンスにかけた男女5人はリングに上がることなく、五輪の道が断たれた。彼、彼女の無念も背負い、日の丸を胸に挑む。