父 昨年3月に延期が決まる前から、おそらく大会は延期になるんだろうと思っていました。孝希には事前に「おそらく延期になる。それでも前向きにやるんだぞ」と電話で話していました。孝希は昔から弱音を吐かない。精神的にも落ち着いてこの1年を過ごしたと思います。

母 小学1年生から父親が卓球を教えました。すごく厳しかったですね。孝希が精神的に強くなったのはそのせいかな。厳しくて時折、母親の私に愚痴をこぼしていたぐらいです。

父 卓球を始めてすぐ、孝希のプレーを見て「この子をオリンピック(五輪)に出す」と直感で思いました。親バカかもしれません。でも毎日のように「五輪に出るぞ」と言い聞かせてました。今、卓球で第一線として活躍している選手の家はだいたいそうかもしれませんが、学校が終わって外で練習した後、夕飯を食べてからも午後9時から午前0時ごろまで練習をやっていた日もありました。家に卓球台がありましたから。

母 五輪本番が近づいてますが(コロナで)どうなるのか。19年の五輪代表選考会が本当に厳しかった。だから五輪本番もやらせてあげたいと親としては思うのですが。でもこの状態ですからどうなるのか。

父 五輪ができたとしても、親としては正直、ハラハラドキドキです。息子が国を背負って、日本卓球協会を背負って戦うわけですから。水谷(隼)、張本(智和)と強い選手がいますから、ともに頑張ってほしいと思います。孝希は次のパリ五輪だけでなくその先も長く卓球を続けていきたいと言っています。

母 五輪が開かれれば、やるからにはメダルを取ってほしい。チケットが当たっているので、もし有観客で開催されるのであれば、現地で応援します。(348人目)