裏金問題の発覚で希望枠は廃止 抽選でNPBの大失態も 日刊ドラフト全史(4)

日刊スポーツは1946年(昭21)3月6日に第1号を発刊してから、これまで約2万8000号もの新聞を発行しています。昭和、平成、そして令和と、それぞれの時代を数多くの記事や写真、そして見出しで報じてきました。日刊スポーツプレミアムでは「日刊スポーツ28000号の旅 ~新聞78年分全部読んでみた~」と題し、日刊スポーツが報じてきた名場面を、ベテラン記者の解説とともにリバイバルします。懐かしい時代、できごとを振り返りながら、あらためてスポーツの素晴らしさやスターの魅力を見つけ出していきましょう。

7回に渡って送るドラフト特集の第4回は、2001年(平13)から2007年(平19)を取り上げます。逆指名制度は、自由獲得枠、希望入団枠と名前を変えながら存続しますが、2007年にスカウト活動における裏金問題が発覚し、廃止されました。(内容は当時の報道に基づいています。紙面は東京本社最終版)

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2006年9月、楽天に1位指名された田中は、駒大苫小牧の仲間たちに胴上げされる

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複雑な自由枠、希望枠

ドラフト制度は変革期を迎えた。1993年(平5)にアマ選手が球団を希望できる逆指名制が導入されたが、水面下の競争が激しくなった。その競争に対応しきれない球団も出てきた。

プロ野球界は「競争か?」「共存共栄か?」。

そのバランスを取ろうと、ルールの改正が相次ぐ。

◆2001年(平13)11月20日付紙面

「寺原ダイエー即決 今日誕生へ出馬 王さん」

この年から逆指名制度に変わり「自由獲得枠」が導入された。アマ選手が希望球団に入れるという基本は同じだが、同枠を使うと、ドラフト指名に制約がつくようになった。

非常に分かりにくい制度なのだが、簡単に説明しておく。なお、自由獲得枠の選手はドラフトで指名する必要はなくなった。

◆1巡目 自由獲得枠を使わなかった球団だけが参加する。

◆2巡目 自由獲得枠を1つだけ使った球団だけが参加する。

◆3巡目 自由獲得枠を使わなかった球団だけが参加する。

例えば、この年の巨人は自由獲得枠を使わなかった。

(1) ×寺原隼人(日南学園)→真田裕貴(姫路工)

(3) 鴨志田貴司(水戸短大付)

(4) 石川雅実(JR東日本)

西武は1枠を使った。

【自由枠】細川亨(青森大)

(2) 中村剛也(大阪桐蔭)

(4) 栗山巧(育英)

阪神は2枠とも使った。

【自由枠】安藤優也(トヨタ自動車)

【自由枠】浅井良(法大)

(4) 桜井広大(PL学園)

各球団の戦略によって工夫の余地を与え、戦力均衡を目指そうという意図は分かる。即戦力選手に重きを置くか、伸びしろある高校生を重視するか。多少は選択の幅が広がる。しかし、分かりにくい。

解説記事にこうある。

今年から新たに自由獲得枠が導入され、ドラフト制度と併用された。(中略)目的の1つは戦力の均衡で、例えば昨年までなら可能だった高校NO・1投手という評価の寺原(日南学園)と社会人NO・1といわれた安藤(トヨタ自動車)を、2人同時に獲得はできなかった。

(中略)スカウトでさえドラフト会議直前まで「分かりにくい」と漏らしていた。この「分かりにくさ」をどう改善できるか。課題は依然としてある。

しかし、この後さらに難解な制度に変わっていく。

2001年11月20日付1面

2001年11月20日付1面

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編集委員

飯島智則Tomonori iijima

Kanagawa

1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。