朝風呂、酒、真っ赤なパンツ、あみだババァ…くじに命運託す 日刊ドラフト全史(5)

日刊スポーツは1946年(昭21)3月6日に第1号を発刊してから、これまで約2万8000号もの新聞を発行しています。昭和、平成、そして令和と、それぞれの時代を数多くの記事や写真、そして見出しで報じてきました。日刊スポーツプレミアムでは「日刊スポーツ28000号の旅 ~新聞78年分全部読んでみた~」と題し、日刊スポーツが報じてきた名場面を、ベテラン記者の解説とともにリバイバルします。懐かしい時代、できごとを振り返りながら、あらためてスポーツの素晴らしさやスターの魅力を見つけ出していきましょう。

7回に渡って送るドラフト特集の第5回は、2008年(平20)から2023年(令4)を振り返ります。希望入団枠が廃止され、1位指名が重複した場合は抽選という方式に統一され、クジを引く監督らは験担ぎが恒例となりました。(内容は当時の報道に基づいています。紙面は東京本社最終版)

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2009年10月29日、花巻東・菊池雄星の交渉権確定を引き当てガッツポーズする西武渡辺久信監督(左端)

2009年10月29日、花巻東・菊池雄星の交渉権確定を引き当てガッツポーズする西武渡辺久信監督(左端)

希望枠廃止後はすべて1面

1993年(平5)から14年間、形や名前を変えながら存在した逆指名制度は、2007年(平19)から姿を消した。

高校生と大学・社会人での分離開催も、2008年(平20)から再び統一された。全球団が1位選手を一斉に指名し、同一選手が重複した場合は抽選で決める。2位以降はウエーバー(下位球団からの順番)と逆ウエーバーを交互に繰り返す。

セ、パのどちらが優先されるかの規定は何度も変更された。オールスターの勝ち越しや、交流戦の勝ち越しなどを用いた時期もあるが、2019年からは交互になっている。2019年がセ、20年がパである。

シンプルな制度に戻り、日刊スポーツでも1面での報道が続いていく。

◆2008年(平20)10月31日付紙面

「原監督 当たり年 大田ゲット」

巨人、ソフトバンクが競合した大田泰示(東海大相模)は、高校の先輩である巨人原辰徳監督が当たりくじを引いた。記事によると、ゲン担ぎがすごい。

試合だけでなく、抽選に挑むまでの采配も万全だった。朝風呂で身を清め、つめを切る。自宅の神棚に手を合わせてお願いもした。さらに知人からもらったという勝負事に御利益があるといわれる茶色の石をポケットに忍ばせ「いつも右手で引いているから今年は左手で引く」(略)

また、ロッテが2位指名で、巨人を熱望していた長野久義(ホンダ)を指名した。長野は日大時代の2006年、日本ハムから4巡目指名を受けたが、拒否して社会人に進んでいた。結果的にこの年もプロ入りは見送る。

楽天が5位で、楠城徹編成部長補佐の息子、祐介(パナソニック)を指名。ロッテは育成枠で、元巨人角盈男投手の息子、晃多(東海大相模)を指名した。

2008年10月31日付1面

2008年10月31日付1面

◆2009年(平21)10月30日付紙面

「西武雄星 工藤へ!!松坂へ!!」

菊池雄星(花巻東)の評価が高く、西武、阪神、ヤクルト、楽天、中日、日本ハムの6球団が重複した。当たりくじは最初に引いた西武渡辺久信監督が手にした。記事を見よう。

半透明な抽選箱に、震える右手を突っ込んだ。まさぐって重なった封筒の中から1通を握った。「くじを交ぜちゃおうとも思ったけど、逃げていく気がした。引いたのは真ん中くらい。一番上でも、一番下でもないと思った」。

(中略)今回は、自宅で見つけた紫色のボールペンを持参し「花巻東のスクールカラーだから」と、お守り代わりにポケットにしのばせた。前夜は球団幹部やスカウト陣と都内ホテルで会食。「彼をはぐくんだ地元で作った清酒を飲んで身を清めましょう」と、岩手の地酒「南部美人」で乾杯した。店に在庫がなく、従業員が購入のために走り回って探したもの。験かつぎの効果てきめんだった。

前年の原監督と同じように、獲得への執念を感じるエピソードである。単なる験かつぎ、神頼みと言えばそれまでだが、選手にとっては、これ以上のラブコールはないだろう。

この年から一般観客にも公開されるようになった。

今年のドラフト会議は史上初めて、抽選で選ばれた観客1000人を会場に招待して行われた。冒頭に加藤良三コミッショナーは「未来のスター選手の誕生を会場のみなさんといっしょに祝福できれば」とあいさつ。(中略)下田邦夫事務局長は「王さんが『今までなぜやらなかったのか分からない』と言っていたが、それを実感した」と、手応え。

なお、コロナ禍では一般公開は行われなかった。

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編集委員

飯島智則Tomonori iijima

Kanagawa

1969年(昭44)生まれ。横浜出身。
93年に入社し、プロ野球の横浜(現DeNA)、巨人、大リーグ、NPBなどを担当した。著書「松井秀喜 メジャーにかがやく55番」「イップスは治る!」「イップスの乗り越え方」(企画構成)。
日本イップス協会認定トレーナー、日本スポーツマンシップ協会認定コーチ、スポーツ医学検定2級。流通経大の「ジャーナリスト講座」で学生の指導もしている。