【友野一希から須本光希へ】ぞっとした。そんな後輩が羨ましかった/2023卒業〈上〉

3月、旅立ちの季節です。日刊スポーツプレミアムでは、各ジャンル横断企画として複数回にわたり「卒業」企画をお届けします! 今回はフィギュアスケートから。

フィギュアスケート男子で17年全日本ジュニア選手権優勝、ジュニアグランプリ(GP)ファイナル3位の須本光希(22=関大)が、今季限りで競技生活から引退します。

滑らかなスケーティングで見る者を魅了してきた大学4年生をねぎらおうと、2月12日には大阪府スケート連盟の厚意で全大阪選手権(丸善インテック大阪プールスケート場)後に1人だけのエキシビションが行われました。

当日、現地で取材をした記者が、その模様を2回にわたってリポート。前編ではマイクを握りながら須本の演技を見届けた、世界選手権(22日開幕、さいたまスーパーアリーナ)代表の友野一希(24=上野芝スケートクラブ)の思いをお届けします。

フィギュア

エキシビションでの演技を終え、本田太一さん(左)、友野(右)と笑顔で写真に納まる須本

エキシビションでの演技を終え、本田太一さん(左)、友野(右)と笑顔で写真に納まる須本

須本光希、最後の舞台を本田太一と見守る

何度も競技会で争ってきた後輩の滑りを、友野はリンクサイドから見ていた。

全大阪選手権の全日程を終え、始まったエキシビション。須本が氷上で体を温め始めると、友野は同い年で2年前に現役引退した本田太一さんとともに声援を送った。ジャンプを降りる度に拍手し、時折、3人で談笑した。目の前の光景が、どこか不思議に思えた。

「実感がわかないですね。やっぱりフィギュアスケーターとして、光希のスケートは魅力的に見えていました。自分に持っていない物を、たくさん持っている選手。その光希の滑らかなスケートが見られなくなるのはすごく悲しいし、全力で(競技会で)一緒に滑れなくなるのは悲しいです」

切磋琢磨した3人、19年11月西日本選手権にて。優勝した友野一希(中央)と2位山本草太(左)、3位の須本光希

切磋琢磨した3人、19年11月西日本選手権にて。優勝した友野一希(中央)と2位山本草太(左)、3位の須本光希

「ある日、スイッチが入った…あの勢いはすさまじかった」

「一希」と「光希」-

今も昔も、2学年下の後輩からは親しみを込めて「一希」と呼ばれてきた。

出会いは大阪・高石市の臨海スポーツセンター。友野の頭には、まだ小学校に入る前の須本が、氷に立っていた記憶が残っている。

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大学までラグビー部に所属。2013年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社。
プロ野球の阪神を2シーズン担当し、2015年11月から西日本の五輪競技やラグビーを担当。
2018年平昌冬季五輪(フィギュアスケートとショートトラック)、19年ラグビーW杯日本大会、21年東京五輪(マラソンなど札幌開催競技)を取材。
21年11月に東京本社へ異動し、フィギュアスケート、ラグビー、卓球などを担当。22年北京冬季五輪もフィギュアスケートやショートトラックを取材。
大学時代と変わらず身長は185センチ、体重は90キロ台後半を維持。体形は激変したが、体脂肪率は計らないスタンス。