
【伝説の伏見工:6】山口良治、強豪の誘い断り貫いた教師の道 愛情深い指導のルーツ
かつて学校は荒れていた。廊下でバイクを走らせ、片隅でシンナーを吸う生徒もいた。伝説の教師はラグビーをさせることで、不良生徒を更生させていく。5年前に配信した「伏見工伝説」の復刻版。「スクール☆ウォーズのそれから 第2章」(12月28日配信)では、ドラマでも描かれたあの人がこの世を去っていたことを伝える。(敬称略。年齢、所属など当時)
ラグビー
<泣き虫先生と不良生徒 その絆の物語>
【伝説の伏見工】ドラマより熱い事実の物語!全7回です
母ちゃんが生きていたら…愛情に飢えた少年時代
荒れた伏見工ラグビー部を率いた山口良治は、就任からわずか6年で高校日本一へと導いた。不良生徒と真っ向から向き合い、注いできた情熱と愛情は、7歳の時に実の母を亡くした経験から生まれたものだった。連載の最終回は、その生い立ちに迫った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの日のことを、今でも覚えている。
1943年(昭18)。福井県の南西部、若狭湾を望む三方郡南西郷村(現美浜町)に生まれた山口は、7歳の時に実の母である梅子(享年37)を失った。
まだ医療が発達していなかった時代。兄は泣かぬまま死産で生まれ、母の体は以前から大きな負担を抱えていた。長い眠りについた母の顔は忘れられない。まだ、小学1年生だった。
どれほどの涙を流しただろうか。泣いても、泣いても、悲しみが癒えることはなかった。
「母ちゃんはね、リンゴをたくさん買いに行ったんやで。もうすぐ、帰ってくるよ。母ちゃんが、そう言っていたもん。なあ、母ちゃん、帰ってくるやろ?」
3つ年下の妹、登志枝は母親の死がまだ理解できていなかった。いつまでも、いつまでも、梅子が帰ってくるものだと信じて待っていた。
それから1年ほどすると、父の定一(享年78)は再婚した。先夫との間の子を抱えた継母が家にやって来る。幼心に少しは寂しさが癒えるかと思っていたが、そんな願いはすぐに消えた。
一緒に暮らしていても、悲しみは逆に増していった。学校に持っていく弁当は自分で作った。靴下や下着でさえ、洗ってくれることはなかった。
寒い冬。氷が張るような冷たい水で靴下を洗っていると、あかぎれで血がにじんだ。まだ小学校低学年。友人が母親と幸せに歩いていると、胸が締め付けられ、はち切れそうになった。真の愛情を感じたことは、一度もなかった。
小学4年生になったある日。外れたボタンを自分では付け直すことができず、悩んだ末に、継母にお願いした。次の日の朝、ボタンは頼んだ位置とは違うところに、乱雑に付けてあった。
「もう1回、やってちょうだい」
腕にしがみついて、何度頼んでも、それをしてはくれなかった。やけになり、目の前でボタンを引きちぎった。家を飛び出し、近所の女性に「ボタンを付けて」とわんわん泣いた。それ以降、継母と心が通じ合うことはなくなった。
「母ちゃんが死んで、愛情に飢えていた。2人目の母親とは折り合いが合わんかったからね。寂しくて、寂しくて、どうしようもなかった。あれは4年生の遠足やったかな。バスガイドさんの手を握ったまま離さんかった。『母ちゃんが生きていたら、こんなに温かい手をしていたんかなあ…』。そう思いながら、ずっと握ってた。それほど人のぬくもりが欲しかった」
寂しさを埋めてくれた教師たちの存在
心に空洞を抱えながらも、周囲の大人が支えてくれた。小、中学校時代の教師は時折、ふと悲しげな顔をする山口の心情を察して、いつも自宅に呼んでくれた。ご飯を腹いっぱい食べさせてもらい、家に帰りたくない日は、先生の子供と一緒に布団にもぐった。教師に恵まれ、そんな優しさが、うれしかった。
本文残り60% (2299文字/3853文字)

茨城県日立市生まれ。京都産業大から2000年大阪本社に入社。
3年間の整理部(内勤)生活を経て2003年にプロ野球阪神タイガース担当。記者1年目で星野阪神の18年ぶりリーグ制覇の現場に居合わせた。
2004年からサッカーとラグビーを担当。サッカーの日本代表担当として本田圭佑、香川真司、大久保嘉人らを長く追いかけ、W杯は2010年南アフリカ大会、2014年ブラジル大会、ラグビーW杯はカーワンジャパンの2011年ニュージーランド大会を現地で取材。2017年からゴルフ担当で渋野日向子、河本結と力(りき)の姉弟はアマチュアの頃から取材した。2019年末から報道部デスク。
大久保嘉人氏の自伝「情熱を貫く」(朝日新聞出版)を編集協力、著書に「伏見工業伝説」(文芸春秋)がある。
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