日本代表が、ついに輪界で頂点を極めた。脇本雄太(29=福井)が、逃げて後続を3車身突き放す圧倒的脚力で、悲願のG1初制覇を成し遂げた。14度目の挑戦での戴冠は、グレード制導入後最多。東京オリンピック(五輪)での頂点を目指すワッキーが、待望の勲章を手に入れた。

 何度も跳ね返された壁を、豪快に飛び越えた。先行態勢に入った竹内雄作をあっさりたたいて逃走V。「まくりとか自力というより、先行で勝つことができた。これで心おきなく『先行日本一』とレースに臨める」と胸を張った。今年の日本選手権と高松宮記念杯でも挑んだ「先行でG1を勝つ」を成し遂げた。

 決勝14度目でのG1初戴冠は、後閑信一氏(引退)内林久徳氏(同)の13回を越え、グレード制導入後最多挑戦。「今年、何度もG1の決勝に乗っていたのに優勝できなくて悔しい思いをしていた。今回は、という思いだった」と語る。

 ナショナルチームで鍛えた脚力、競輪での経験に加え、最後のひと押しは精神面。脇本の代名詞、発走機で全身をたたいて闘魂を注入するルーティーンをやめた。リオ五輪でも行った儀式だが、ブノワ・ベトゥヘッドコーチに「気合が入りすぎ」と指摘されたからだ。この日も大きく深呼吸しただけ。昨年12月、ワールドカップケイリンで14年ぶりに金メダルを獲得し、世界トップクラスの脚力は示してきた。精神面という最後の試練を乗り越えた。

 明日21日に、ジャカルタで開催されているアジア大会出場へ出国する。休む間もなくレースが待っている。すべては2年後の東京五輪の頂点のため。村上義弘は「ずっと、脇本のような選手に世界で活躍してほしいと思っていた。苦しい競輪人生を歩んできたと思う。これを第1歩に、東京へ、世界で活躍してほしい」とたたえた。オールスターで頂点に立ったワッキーが、世界の舞台でも輝いてみせる。【山本幸史】

 ◆脇本雄太(わきもと・ゆうた)1989年(平元)3月21日、福井市生まれ。科学技術高卒。競輪学校94期生として08年7月福井でデビュー。16年リオ五輪ではケイリンに出場(敗者復活敗退)。14、17年のアジア選手権ケイリンV。17-18年W杯第4戦ケイリン金メダル。通算713戦251勝。通算獲得賞金は4億575万9600円(19日現在)。180センチ、82キロ。血液型A。