昨年メキシコで行われたWGCメキシコ選手権は、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、今週、米フロリダ州のザ・コンセッションGCでWGC-ワークデイ選手権atザ・コンセッションとして開催することとなった。


■スイングが格段にレベルアップしたパトリック・リード


昨年同大会を制したパトリック・リードは、1月末に行われたファーマーズインシュランスオープンで勝利し、好調をキープして今大会で連覇を狙う。リードはファーマーズインシュランスオープンでの優勝インタビューで、勝利した要因にスイングコーチのデビッド・レッドベターとショーン・ホーガンの名前を挙げ、彼らのおかげで自信をもって試合に臨めたことが勝因だと語っていた。


パトリック・リード
パトリック・リード

元々リードはスイングコーチのケビン・カーク、パフォーマンスコーチのジョシュ・グレゴリーの指導を受けていたが、並行して2019年からデビッド・レッドベターの指導を受けていた。2018年にマスターズに勝利したものの、さらなるレベルアップの必要性を感じ、レッドベターの門をたたいたのだ。

2019年に私がレッドベターに話を聞いた時点では、セカンドオピニオンとしてアドレスやスイングの基本的な部分に関するアドバイスをする程度の関係性だった。しかし、最近になって関係性が深まり、今年初めにはレッドベターの本拠地チャンピオンズゲートに訪れてスイング調整を行い、ツアー会場ではレッドベターアカデミーのヘッドコーチ、ショーン・ホーガンとともに試合に向けた調整を行ってきた。


コーチ向け講習会で講義を行うデビッド・レッドベター(右)とショーンホーガン
コーチ向け講習会で講義を行うデビッド・レッドベター(右)とショーンホーガン

その成果もあり、今までの腕の運動量の大きいドロー系のスイングから、体と腕がシンクロした再現性の高い洗練されたスイングに変化していた。ファーマーズインシュランスオープン3日目の10番ホールでリードのとった行為がルール違反ではないかと物議をかもしたが、そのようなメンタル的に不安定になりそうな状況でも勝利を手にしたのは、完成度の高いスイングのおかげだろう。


■選手にとって重要なコーチ選び


プロスポーツ選手にとって、コーチ選びというのは重要な意味を持つ。ゴルフに限らず、どんなスポーツでも選手が活躍すると必ずコーチにもスポットが当てられ、ときにはコーチの変更が大きなニュースとなることからも、その重要性がわかるはずだ。

コーチ選びは「誰を選ぶか」だけでなく、どのようなスイングを構築するか、さらには、何を目的にしてコーチを選ぶかということまで考えなくてはならない。そして、それを決めるのは、まさに選手自身であり、選手はチームを統括するGMにもならなくてはいけないのだ。


リードのようにメジャートーナメントでの優勝を実現し、さらなるレベルアップを目指す過程には落とし穴が潜んでいることがある。

ジョーダン・スピースやマルティン・カイマーなど、20代でメジャーを制してからさらなるステップアップを模索する中で、成績が低迷する例は多い。リードは従来のスイングなら今までのような安定したゴルフはできるが、さらにメジャーで勝ち星を重ねることは難しいと判断したのだろう。

そこで、メジャーで勝つためのスイングとメジャーでの勝ち方を知っているデビッド・レッドベターを選んだ。レッドベターはメジャー21勝に貢献してきた実績はもちろん、最新のスイング技術に関しても知識が豊富であり、何よりそのカリスマ性で選手のモチベーションを高め、自信を持たせることができる数少ないコーチだ。複数のメジャータイトルを狙うリードにとって最適なコーチ選択だったに違いない。


■現状からの向上か、過去を捨てての再構築か


ゴルフという競技において新たにコーチを雇う場合、基本的な考え方が2つあると思う。1つめはこれまで行ってきたことをさらに深め、向上させていくという考え方だ。2つめは今まで行ってきた取り組みを変えて再構築するという考え方だ。

これまで行ってきたことを継続する場合、コーチはその選手の本来持っているポテンシャルを引き出すことが大事になる。技術的に新しいことを言うより、フォームに狂いはないか、精度は向上しているかといった点をチェックし、能力を最大限に発揮できるようにする。選手の精神的な支えとなり、励まし自信をつけさせることも大切な務めだといえるだろう。

タイガー・ウッズ、フィル・ミケルソンらを勝利へ導いた名伯楽、ブッチ・ハーモンのような勝ち方を知っているベテランコーチが適任と言える。実際にジョーダン・スピースやローリー・マキロイがハーモンにセカンドオピニオンを受けるために、ラスベガスにあるハーモンの本拠地まで足を運んでいる。


レッドベター(左)はリディア・コ(中央)ら多くの選手を世界一に導いた
レッドベター(左)はリディア・コ(中央)ら多くの選手を世界一に導いた

もう1つのスイングを改造して成功した例といえば、まっさきに名前が挙がるのがタイガー・ウッズだ。4人のコーチのもとでそれぞれ全く違うスイングを構築し、PGAツアー勝利数1位タイの82勝を挙げた。ブライソン・デシャンボーもコーチのクリス・コモや優秀なチームスタッフとともに、スイング改造と肉体改造を行い、自らを別人のように改造することに成功した。昨年、全米オープンでメジャートーナメントを制覇し、さらに進化しようとしている。

新たなスタイルを確立する場合、選手はもちろん、コーチも覚悟が必要だ。これまで行ってきたことを捨て、新たなことに挑戦するというのは大きなリスクが伴う。実際に、肉体改造やスイング改造に失敗して絶不調に陥り、低迷した選手は数えきれないほどいる。しかも、一度低迷した選手が全盛期の輝きを取り戻した例は数えるほどしかない。それほど、何かを変えるということは相当なリスクがあり、変えるためにはコーチの選定を含めた万全の準備が欠かせない。

結局、現状のまま向上を目指すのか、一度壊して再構築するのか、どちらがいいというものではないし、それを決めるのは選手自身だ。自分にはまだ伸びしろがあるのか、今のままでは限界なのか、それを判断するのは自分自身であり、すべて自己責任となる。

一流選手になればなるほどコーチ選びは難しくなる。自らの置かれた立場を冷静に分析し、適切な人材をスカウトする経営者的な発想ができる人物だけが、群雄割拠のPGAツアーの第一線で勝ち星を重ねることができるだろう。

PGAツアー選手の活躍を見るとき、選手にどのようなコーチがついているのか、なぜそのコーチを選んだのか、という点にまで関心をもつと、ゴルフ観戦の楽しみがまた広がるだろう。

(ニッカンスポーツ・コム/吉田洋一郎の「日本人は知らない米PGAツアーティーチングの世界」)

◆吉田洋一郎(よしだ・ひろいちろう)北海道苫小牧市出身。2019年度ゴルフダイジェスト・レッスン・オブ・ザ・イヤー受賞。欧米のゴルフスイング理論に精通し、トーナメント解説、ゴルフ雑誌連載、書籍・コラム執筆などの活動を行う。欧米のゴルフ先進国にて、米PGAツアー選手を指導する100人以上のゴルフインストラクターから、心技体における最新理論を直接学び研究している。著書は合計12冊。書籍「驚異の反力打法」(ゴルフダイジェスト社)では地面反力の最新メソッドを紹介している。書籍の立ち読み機能をオフィシャルブログにて紹介中→ http://hiroichiro.com/blog/