ワールドカップ初出場を目指す若手選手の「こだわり」に迫るシリーズ第2回は、CTB中村亮土(27=サントリー)。鹿児島実業高でラグビーを始めた当初から、タックルで生きる道を模索してきた。帝京大時代のある1つのタックルと、誰よりも努力してきた自負が中村の強みを作り上げた。

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10年11月の関東大学対抗戦。周囲からの冷ややかな視線を感じながら、1年生の中村は10番をつけてグラウンドに立った。対面には早大4年の山中亮平。ボールを持って仕掛けてきた絶対的司令塔に、がむしゃらにタックルを突き刺した。あおむけに倒れる山中の上に自分の体が重なった。

パスもキックもランも、ほとんどのプレーを覚えていない。唯一、今も脳裏に焼き付いているのは、相手エースをあおむけに倒したタックル。「今はまだ足りていないけど、これならやれる。もっとうまくなりたい」。試合は負けたが、確かな自信と生きる道がはっきりと見えた。

帝京大での最初の練習は、入学前の3月に約40人の新入部員だけで行った。高校で2度花園に出場した自信は、タッチフットなどの軽めの練習だけで砕かれた。「自分が一番下手でした。周りからもうまくないと思われていたと思います」。それから練習の虫になり、いつも最後にグラウンドを後にした。午後1時から始まる全体練習が4時ごろに終わっても、宿舎に戻る頃には9時を過ぎていた。

その努力が岩出監督に認められ、1年で対抗戦の早大戦に出場した。「抜てきみたいな感じで周りから見たら『なんだこいつ』みたいな感じでした。でも僕からしたらやるしかなかった」という無我夢中の中で決まった、あのタックル。これまでにない手応えをつかみ、周囲からの信頼も得た。

太い腕と盛り上がる胸板。鍛え上げられた92キロの筋肉の塊は、外国人に当たり負けしない。だが、タックルの強さ=フィジカルの強さ、ではないという。「ディフェンスはタックルにいくだけじゃなくて、タックルに至るまでのところが8割。タックルにいくのは2割ぐらい。どう相手を動かして、どう自分たちが動いて、どういうシチュエーションに持っていくかまでがタックル」と話す。得意な角度、距離を作り、優位な体勢になるように相手を誘導する。そのためには「どれだけ周りの選手を動かすことができるか」と、14人の味方をコントロールする力も必要だと感じる。

思えばラグビーを始めた頃から、タックルが好きだった。足が速いわけでも、身長が高いわけでもなく、アタックが得意な選手ではないと悟っていた。「ラグビーって人間性が出るスポーツ。チームのためにどれぐらいやれるかが現れる。それが一番に現れるのがディフェンス。人間性が出るところなので、そこは負けたくない。自分の軸としてぶれないようにやってきた」と胸を張る。泥臭いタックルを連発して、日本代表の勝利のために尽力する。【佐々木隆史】

10年11月、早大戦で先発デビューを飾る帝京大時代の中村
10年11月、早大戦で先発デビューを飾る帝京大時代の中村