【西武】大手術からの支配下復活目指す森脇亮介投手の今「127」に込めた真実

好調西武は投打とも意外にも規定投球回、規定打席への到達者が少なく、選手たちは今も激しい競争の中にあります。1軍もそんな状況で、育成契約3年目になる森脇亮介投手(33)はひたすら2軍で救援のマウンドへ向かうのみです。通算195試合登板の右腕は、大手術からの支配下復活なるか―。思いを尋ねました。

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◆森脇亮介(もりわき・りょうすけ)1992年(平4)7月13日、京都府生まれ。塔南―日大―セガサミーを経て18年ドラフト6位で西武入り。20年から3年連続40試合以上登板。23年はセットアッパーとして31試合に登板したが、7月に右上腕動脈閉塞(へいそく)症と診断され、8月8日に手術。リハビリ専念のため、同年オフに育成選手となった。24年7月に実戦復帰。175センチ、70キロ。右投げ右打ち。

★森脇投手が語った主な内容

  • 背番号127に込めた特別な意味とは
  • 命に関わる病気から1年かけた復帰
  • 支配下復活への覚悟と現在の心境
2026年2月、内野守備練習で投球する森脇亮介

2026年2月、内野守備練習で投球する森脇亮介

背番号「127」の裏話 実はこれ、深い意味が

以前からちょっと気になっていた。1軍で活躍している頃、森脇は背番号28だった。しかも森脇が育成契約になってから「28」は空席のまま。だから育成契約で背番号128なら、何となく分かる。なぜ森脇は背番号「127」なのだろうか。

森脇 「実はこれ、裏話があって…」といたずらっぽく小声になった―。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。