<ドジャース5-7パドレス>◇25日(日本時間26日)◇ドジャースタジアム
【ロサンゼルス(米カリフォルニア州)=四竈衛】ドジャースが、4年ぶりにナ・リーグ西地区を制した。優勝マジック「1」で迎えたこの日、デーゲームで2位ダイヤモンドバックスが敗れ、パドレス戦の試合前に優勝が決まった。日米で初の優勝となった黒田博樹投手(33)は、メジャー1年目で初めてのシャンパンファイトに酔いしれた。3年目の斎藤隆投手(38)は、充実したチーム力に、1988年以来となるWシリーズ出場に自信を見せた。
葉巻の煙が立ち込め、フランス製高級シャンパンのしぶきが飛び散る中、黒田と斎藤は、誰彼となく抱き合った。「やっぱりホームでやるのは違いますね」。雄たけびを上げる斎藤の横を、新人への恒例「いたずらデー」で仮装した黒田が、笑顔で通り過ぎる。「苦しい思いをして良かった。これをやるためにこっちに来ましたから」。果ては、スポーツ飲料、牛乳まで掛け合う祝勝の宴は、1時間以上にも及んだ。
珍しい優勝決定だった。この日は2位ダイヤモンドバックスがデーゲーム。一方、ナイターのドジャースは、いつも通りクラブハウスに集まり、テレビで試合を見守った。優勝未経験の黒田は、ダイヤモンドバックス戦が9回表1死となった午後2時29分(現地時間)に球場入り。その3分後、4年ぶりの優勝が決まった。「優勝もイメージできなかったですが、みんなで握手して実感がわいてきました」。互いに手を握り、抱き合い、喜びを分かち合った。
黒田にとって、苦しさと充実感を味わう1年間だった。防御率3・84と安定した投球を続けながら、白星に恵まれず、黒星が先行した。キャンプイン後、ほぼ休日のないメジャーの過密日程。疲労がピークとなった5月すぎには、報われない好投が続き、腐りそうになった時期もあった。「しんどかったです」。だが、苦しい時ほど、チーム最高年俸選手として勝敗を背負っていた広島時代の姿勢を思い起こした。「たとえ壊れてもいい」。まとまりではなく、闘争心を前面に出して打者に向かった。
3年目の斎藤にとっても、忘れられない優勝となった。7月12日のマーリンズ戦で右ヒジ靱帯(じんたい)を損傷した際は、「パーンと音がした」というほど。選手生命の危機を感じ、一時帰国して心と体を休めた。その後は、悲壮な覚悟でリハビリに励む毎日だった。だが、ド軍首脳も驚くほどのスピードで症状は回復。9月13日に戦列へ復帰した。「ケガする前もあとも精いっぱいやってきたし、思い残すことはありません」。
もっとも、地区優勝はあくまでも第1関門。88年の世界一以降、ドジャースはプレーオフで1度も第1ラウンドを突破していない。「誰でも投げられるわけじゃない。最高のパフォーマンスを出したいです」。初舞台を前に黒田が抱負を語れば、斎藤も続けた。「今のチーム状態ならしっかりとした戦いができる。トーリ監督の存在も大きいです」。美酒にまみれ、両目は充血しても、2人の視線がブレることはなかった。



