<ヤンキース14-2レッドソックス>◇3日(日本時間4日)◇ヤンキースタジアム

 移籍1年目のヤンキース黒田博樹投手(37)が、フル回転で公式戦を駆け抜けた。優勝をかけた162試合目のレッドソックス戦に先発し、7回7安打2失点。自己最多の16勝目(11敗)をマークし、チーム最多の219回2/3を投げ抜き、文句なしのエースとして常勝軍団を支えた。

 流れ落ちるシャンパンの滴をぬぐう黒田の顔には、満足感よりも安心感があふれていた。優勝をかけた大一番。前日までに優勝が決まっていれば、調整登板になったはずのマウンドが、いつしか全米中の注目を集めていた。それでも、黒田の気構えに、邪念は含まれていなかった。「いつも同じぐらいのプレッシャーを感じて、今日までの33試合のマウンドに上がってきましたから。今日だけプレッシャーを感じたわけではないし、あまり大差はなかったと思います」。通常以上に気負ったところで、勝てる保証はない。だからこそ、黙々と投げ続けた結果、責任を果たせた安堵(あんど)感は、格別だった。

 移籍1年目の今季、周囲の期待と重圧をよそに、黒田自身は「背伸び」をすることなく、毎試合のマウンドに向かった。調子の浮き沈みに一喜一憂することなく、理想を追い求めすぎない習慣を身に付けた。「自分で(調子を)ジャッジはしたくない。いい時を追い掛け出すとつらいし、今の自分のベストを尽くすしかないですから」。自分の球を信用し過ぎない一方で、打たれることを恐れず、勝負を挑む。四球を出すなら安打でいい。果敢な投球スタイルで好結果を残し、全幅の信頼につなげた。

 今年1月。FA交渉の際は「古巣広島か、ヤ軍移籍か」でギリギリまで悩み抜いた。選択のポイントは、金銭面などの条件ではなかった。プロ入り直後から育ててもらい、恩義のある古巣には、体が衰える前に戻って貢献したいとの気持ちは、メジャー移籍当時から変わっていない。実際、1度は広島復帰を決意し、自ら関係者に伝えた。

 ところがその直後、黒田の胸に再び疑念が生じた。今年37歳。最高レベルで戦える時間、そう多くは残されていない。「もう1回チャレンジしてみたい」。すぐに帰国準備を中止。代理人を通し、再度、ヤ軍キャッシュマンGMと連絡を取ったところ、ヤ軍側は快く交渉再開を受け入れた。最終決定は、電撃的だった。

 だからこそ、エース格となっても、黒田に失うものはない。「地区優勝するためにやってきたわけではない。とりあえず一段落で次のステップに向けていくだけです」。美酒を味わいながらも、黒田の決意には、悲壮感とは違う、潔さが漂っていた。【四竃衛、水次祥子】