<日本ハム3-2ロッテ>◇17日◇札幌ドーム

 昨季のパ・リーグMVP左腕が、先発陣低迷の危機を救った。日本ハム吉川光夫投手(25)が、7回2失点で切り抜け2勝目をマーク。7安打4四球と再三、得点圏に走者を背負ったが、粘りの投球を貫いた。開幕から16試合を終えたチームで先発投手に勝ち星がついたのは3試合目、吉川が初勝利を記録した10日楽天戦以来になる。苦しみながらも役割を果たし、巻き返しへ弾みをつけた。

 ピンチの連続でも、堂々と胸を張ってマウンドに立った。3者凡退は4回だけ。帽子の下には、びっしょりと汗をかいた。それでも、土俵は割らなかった。7回を7安打2失点。吉川は試合後、ようやくホッと息をついた。「あと1本というところで、それを許さないように。粘って投げられて良かった」。先発投手に勝ち星がつくのは、前回自分が登板した10日の楽天戦以来。崩壊しかけていた投手陣を、波に乗れないチームを、故障明けの左腕で救った。

 7イニング中、先頭打者の出塁が4度。5回は四球も絡み1死満塁の大ピンチを背負った。だが「この3試合で一番、良かった。腕が振れていた」。最速は149キロ。勢いの戻ったストレートが組み立ての軸となった。サブローを左飛に仕留め、塁を埋めた3人の走者を足止めした。「あそこは一番、力が入った」。左拳を握りしめた。

 開幕投手を務めた武田勝がケガで離脱し、先発ローテの柱として、“折れる”わけにはいかなかった。海を渡った先輩と交わした、大目標のためにも。

 勝ち星が伸び悩み、もがいていた2010年の自主トレ。同郷の田中賢介に“弟子入り志願”した。第一声。「どんな投手になりたいの?」。突然聞かれ、戸惑った。「5勝…、7勝くらいはしたいです」。返ってきた答えは「そんな目標しか持てない選手と、一緒にトレーニングはやりたくない」。キッパリと断られた。

 その夜、ベッドで一晩中考えた。プロ入りしたとき、自分は7勝を目指すような選手になりたかったのか。…違う。前年に1勝もできず、弱気になっていた自分に気づかされた。翌日、再び田中の元を訪れ、はっきりと言った。「沢村賞を取りたいです」。以来、弱気になるたびに、自分を奮い立たせてきた。左肘痛で出遅れた今季も、弱音は口にしない。この日も、いくら走者を背負っても、下は向かなかった。

 吉川

 3対1になったところで完投しなければいけない試合。まだ去年のようなボールはいっていないと思っています。まだまだ上はある。

 2勝目に浮かれるようなことはない。昨季届かなかった、日本一と沢村賞を手にするまで。【本間翼】