ムハマド・アリ氏が亡くなり、もうすぐ1カ月になる。テレビ朝日でアントニオ猪木との「異種格闘技戦」のノーカット版が再放送され、NHKでも特集が組まれるなど、あらためて足跡に触れる場面が増えた。30代の記者にとって、その存在はベーブ・ルースらと同じ「偉人」に近い。だが、日本のボクシング界で圧倒的な知名度を誇る2人の元王者にとっては、紛れもなく「ヒーロー」だった。

 具志堅用高氏は、訃報が届いた日に取材に応じた。アリ氏が当時、猪木戦のため新宿のホテルに宿泊していると知ると、ロードワーク中に“出待ち”したエピソードを披露。19歳、4回戦の時だった。

 「朝の6時ごろから出てくるのを待っていた。ブーツを履いて、エレベーターから赤いじゅうたんの上を歩いてくる姿は本当に格好良かったね。大きくて、お相撲さんを見ているようだった」。当時の情景を思い出すように、ゆっくりと語る姿が印象的だった。

 辰吉丈一郎はデビュー当時から「アリ好き」を公言していた。亡くなった翌日、「アリのことで…」とコメントを求めようとすると、「ええよ」と快諾。近くにあったいすに座り、思いを口にした。

 辰吉がもっとも印象に残っているのは、相手への挑発などのパフォーマンスだという。「アリより前にそういうことをする選手はいなかった。彼は試合を盛り上げる仕掛け人。現在のボクシング人気を作り上げたのは間違いなくアリ」。異様な盛り上がりをみせた94年の薬師寺戦も両者による激しい“舌戦”があった。山中、内山、村田ら多くのボクサーが憧れた辰吉に、アリ氏が与えた影響は小さくなかったに違いない。

 「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と称されたアリ氏のボクシング。技術的なすごさは、両者とも「フットワーク」と声をそろえた。具志堅氏が「ヘビー級でアリのように足でパンチをよける選手はいなかった」と話せば、辰吉は「15ラウンド足を使い続けられる選手は後にも先にもアリ以外いない」と言い切った。

 アリ氏のベストバウトを聞くと、具志堅氏はジョージ・フォアマン戦、辰吉はソニー・リストン戦を挙げた。【奥山将志】