「○○劇場」の○○に名前が入る政治家は、多くない。元祖は小泉純一郎元首相の「小泉劇場」だ。「自民党をぶっ壊す」と叫んで01年の自民党総裁選で総裁になり、持論の郵政民営化を争点に、05年の郵政選挙で圧勝した。抵抗勢力に「刺客候補」をぶつける、白か黒かの劇画チックな戦い。多くの聴衆が街頭演説に詰めかけた様子もあって、「劇場型政治」の言葉が生まれた。

 同じように劇場型、というか「激情型」だったのが、橋下徹大阪市長だ。議会や役所を抵抗勢力に、何度も対立。弁護士出身だけに弁も立ち、発言も歯切れがいい。ときに、「暴走」することもあったが。

 その橋下氏が、肝いりの「大阪都構想」をめぐる住民投票が否決されたことを理由に、任期満了での政界引退を表明した。17日夜の会見では、悔しさをにじませつつ、府知事就任からの約7年半を振り返り、悔いはないという趣旨のコメントをしていた。

 国会議員と市長で立場は異なるが、前述の小泉氏は党内で猛反対に遭っても、郵政民営化を長年訴えた。3度目の総裁選で総裁、首相にのぼりつめ、党内を二分しても持論を貫き、法案を成立させた。当時取材して、執念だろうと感じた。

 今回、橋下氏が「政界引退」を口にしたことに、最初は少し驚いた。政治生命を懸けた「信念」という意味では、手法を変えたとしても簡単にはあきらめないのでは、と思った。でも、これまで民意を味方につけてきた橋下氏にとって、有権者による直接投票で反対が賛成を上回れば、「万事休す」なのだろう。

 橋下氏はずっと、「ふわっとした民意」を意識していた。その中には、大阪のオバチャンたちがいた。以前、大阪で街頭演説を取材した時、「トオルちゃ~ん」と声援が飛んだ。橋下氏は厳しいことを言いながらも、ニカッと笑顔を返し、手を振り返していた。

 相手の懐に飛び込み、人の心をつかむことで、「人たらし」といわれる橋下氏。投票直前の世論調査では反対の声が多かったが、ひょっとしたら最後、賛成が巻き返すのではと、ひそかに考えていた。大阪のオバチャンたちが、本当に橋下氏を「切る」覚悟があるのだろうかと思ったからだが、結果は「NO」だった。

 橋下氏と大阪都構想は、一心同体だった。政治家は「選挙で落ちれば、ただの人」といわれる。政治生命を懸けた政策で「NO」を突きつけられたことは、結局、自分自身に「NO」と言われたことと同じような感情だったのかもしれない。