新型コロナウイルス感染拡大が続く中での選挙戦となる自民党総裁選(9月17日告示、29日投開票)の構図が、固まり始めた。昨年の総裁選で菅義偉首相(72=自民党総裁)に敗れた岸田文雄前政調会長(64)が出馬表明。記者会見では、菅首相のコロナ対応に注文をつけた上に、総裁以外の党役員は「1期1年、3年まで」とぶちあげ、長老支配による権力集中との決別もうたった。

菅首相の支持を二階派(47人)会長としていち早く表明、在職5年を過ぎてあの田中角栄氏の在職記録を超え、その権力集中ぶりに批判が強い二階俊博幹事長(82)への当てつけなのは明らか。「優柔不断」のイメージの岸田氏には珍しいファイティングポーズは、大きな話題となった。総裁選を戦うためのブレーンもすでに付けたといわれ、勝負をかけた本気度が漂う。

去年の総裁選を思い出すと、安倍晋三前首相の突然の辞任表明で、官房長官として支え続けた菅首相への支持を、二階氏ら主要5派閥の長がこぞって表明。国民の人気は高いが党内では敵が多い石破茂元幹事長に包囲網を敷き、派閥はほぼ菅氏一本化でまとまった。勝ち馬に乗ることで、総裁選後の「論功&手柄ゲット」を見越した動きでもあったが、あの麻生太郎財務相(80)までもが、麻生派(53人)会長として、最大派閥の細田派(96人)、竹下派(52人)の会長と3人で会見して菅氏支持を表明。菅政権誕生の原動力はこんな派閥の「勝ち馬作戦」だった。

自民党の派閥。かつて「一致結束箱弁当」と、その結束力の固さで知られた。政策グループとなった今も、「数の力」の大切さを知る自民党にとって無視できない固まりだ。特に総裁選は、良くも悪くも派閥単位の動きが出てくる。

ただ今回は、ちょっと変だ。昨年、あんなに菅首相支持をアピールした主要派閥トップは、動きが鈍い。静かだ。

内閣支持率が20%台の「危険水域」に突入し、菅首相への逆風は相当だ。主要選挙で連敗し、特に地元の横浜市長選で側近を支援しながら惨敗した菅首相では、衆院選を戦えないという「菅離れ」の動きを無視できなくなっている。派閥を率いるのは実力者でも、構成するのはそれぞれの議員。特に、2012年衆院選で民主党から政権を奪い返した第2次安倍政権下で当選してきた約4割の「安倍チルドレン」は、ここまでの逆風選挙は未経験。生き残りには追い風の吹く方に乗らざるを得ない。

少なくとも現段階は、岸田氏の腹をくくった態度表明に、救いを求めようとする動きが出ているのが実態だ。そのため、派閥トップも党内の支持動向がどう動くか、見極めざるを得ない。派閥の勢力を弱めないためには、所属議員の当選が至上。ボスの思惑だけで動ける問題ではなくなった。

一方、菅首相も静かだ。総裁選出馬へ表向きの発言はあるが、腹の中は分からない。首相を知る人は「菅さんは、ケンカ師だから」と話す。「菅離れ」「菅おろし」に転じつつある党内を、黙って見ているだけなのだろうか。

当然、コロナ感染状況や医療体制構築次第ではあるが、首相が総裁選前の衆院解散に踏み切る可能性について「まったく現実的ではないが、ゼロではない」とする声も聞いた。仮に対抗馬が岸田氏しかいない場合、まともに臨めば負ける可能性もある。ただ、自分の手で解散すれば、現状では事実上の「やぶれかぶれ解散」だ。現時点では、緊急事態宣言は9月12日まで。総裁選告示日まで「空白の4日間」もある。

過去の総裁選では、事前に投票行動をなかなか明かさなかった小泉進次郎環境相は、すでに首相支持を表明。8月27日の記者会見で「(自分を)おろすならおろせという、戦う姿勢で臨んでほしい」と首相に求めた。実際、菅首相を昨年総裁に選んだのはほかならない自民党議員だが、今年は衆院選を控え、自分たちが生き残るために、最善の党トップであってもらわないといけない。ずいぶん都合の良い論理だが、そんな「勝ち馬探し」で浮足立つ党内を、「ケンカ師」菅首相はどんな思いで見ているのだろう。

野党が東京パラリンピック終了直後~総裁選告示までの臨時国会召集を求めていて、与党側が拒否しなければ来月、国会が始まる。解散できるかできないかは首相の腹ひとつ。解散権は首相にしかないが、今、解散しても選挙に勝てる保証はない。難しい方程式だ。

党内では、菅VS岸田の一騎打ちでは党にとって傷が深いからと、第3の候補出馬に向けた動きが水面下で続く。今はやることなすことすべてが裏目の菅首相。コロナ対策では後手後手で批判ばかり受ける「ケンカ師」は、政局で次の一手を繰り出せるのだろうか。【中山知子】