熱戦が始まった平昌冬季五輪、極寒の中で奮闘する日本選手だが、応援する側には大会前にちょっとした「異変」があった。「壮行会の公開禁止」。今年に入り日本オリンピック委員会(JOC)の規制が徹底され、選手の所属企業や学校は対応に追われた。JOCは「五輪の知的財産保護」が目的だと強調するが、2年後の東京五輪・パラリンピック成功のカギを握るとされる「機運醸成」への影響も懸念されている。【荻島弘一、田口潤】


1月、母校関大での会見で学生からの応援メッセージの書かれた日の丸を手にする宮原
1月、母校関大での会見で学生からの応援メッセージの書かれた日の丸を手にする宮原

 「こんなことでは、東京大会が心配」。選手の所属企業関係者は、ため息交じりに話す。「宣伝活動ではない。泥棒と疑って刑務所にぶち込むようなもの」。ある大学関係者は怒りをぶちまける。大会直前に相次いだ壮行会の公開中止。メディアへの「開催のお知らせ」が「非公開」に訂正された例は少なくない。

 アイスホッケー選手が所属する法大は、1月15日の会開催直前に「公開中止」を通知、大学HPへの掲載も見送った。フィギュアスケート宮原の関大は非公開とし、集まった報道陣には「記者会見」として対応した。スノーボード戸塚の壮行会は、主催が企業から個人後援会に変更された。

 JOCは「五輪の知的財産を守るため」と理由を説明する。「オリンピック」や「五輪マーク」を利用した宣伝活動は大会スポンサーだけに許されたもの。企業や学校の壮行会公開は宣伝活動にあたるというわけだ。もっとも、16年リオデジャネイロ五輪前や前回14年ソチ五輪前も、普通に壮行会が公開されていた。


16年7月、コナミスポーツクラブのリオ五輪壮行会で社員とハイタッチする内村
16年7月、コナミスポーツクラブのリオ五輪壮行会で社員とハイタッチする内村

 日本スケート連盟が平昌五輪代表選手、所属、関係各所に「壮行会・報告会を開催する場合の注意について」というメールを送付したのは1月6日。「五輪スポンサー、日本連盟、都道府県連盟主催の壮行会は公開しての実施可」「選手の所属先、学校が主催する場合、一般やメディアに公開することは不可。関係者等のみで実施する場合に限って可」という内容だった。

 昨年末には一般公開されて行われた大学の壮行会もあった。フィギュアスケート田中の所属する倉敷芸術科学大、同大を運営する加計学園の加計孝太郎理事長のあいさつを多くのメディアが取り上げたことが「宣伝行為」にあたるとされ、急にJOCが厳しくしたのではという関係者もいる。

 壮行会そのものの開催は問題ないが、何が「宣伝行為」になるのかの線引きは難しい。スノーボード国武の「サポーターズチーム」主催壮行会では冒頭に「SNSにあげる時は、企業名は出さないように」など細かい注意があった。応援する側も疑心暗鬼。「問題になったら嫌だから、やめておこう」という考えが出てきてもおかしくない。

 さらに、2年後の東京大会への影響も懸念される。大会組織委員会は「五輪ムードをいかに高めるかが成功のカギ」とするが、機運醸成に水を差す可能性もある。組織委の武藤敏郎事務総長は「JOCの立場も理解できるだけに、難しい問題」としながらも、東京大会への影響は否定しなかった。スポーツ庁の鈴木大地長官は「大会スポンサーも大事だが、選手を育ててくれる大学や雇用してくれる企業も大切ですから」と、言葉を選びながらも大学や企業への配慮に期待した。

 「壮行会に出ると、支えてくれる人のためにも頑張ろうという気持ちになる」と選手は声をそろえる。公開されて多くの人の目に触れれば、モチベーションは一層高まる。純粋に「仲間や先輩を応援したい」と思う学生、生徒や企業の社員も多いはずだ。2年後に向けて、どうルール作りをするのか。平昌大会後にも再検討される可能性はある。


14年1月、関大でのソチ五輪壮行会で入場する高橋と町田
14年1月、関大でのソチ五輪壮行会で入場する高橋と町田

<JOCは便乗商法に目を光らせる>

 「五輪壮行会を全面禁止にしているわけではありません」。JOCは大学や企業の声に戸惑いをみせながら説明する。五輪スポンサー以外の企業や大学が主催する壮行会も、非公開であれば問題はない。これは今回だけではなく、以前からのルールとも強調する。

 国際オリンピック委員会(IOC)の五輪憲章には「五輪競技大会はIOCの独占的な資産」とあり「オリンピック」の呼称や五輪マークの商業的利用を制限している。「壮行会の公開禁止」という記述はないものの、JOCは企業、学校の商業行為にあたるという認識。独占的に使用が許されるのは、IOCやJOCに巨額の契約金を支払ったスポンサーだけなのだ。

 だからこそ、国内五輪の知的財産などの権利を持つJOCは、便乗商法「アンブッシュマーケティング」に目を光らせる。スポンサー以外の企業、団体が広告や販売促進で五輪、金メダルの文字を使うことはもちろん、それらをイメージさせるだけでも違反の対象。JOC関係者によると、高校などで五輪出場選手を祝う垂れ幕も、外から見えるとNG。学内の人だけが見ているという前提で「グレーゾーン」だという。

 もっとも、JOC内部にも厳しすぎる規制に疑問の声はあがる。平岡英介専務理事は1月の理事会で「IOCが保有する五輪の知的財産を保護するため、第三者は勝手に使用してはならない。広告、宣伝に使われる可能性がある」とあらためて説明したが「今まではやったもの勝ち」などの意見も噴出。藤原庸介理事は「今回はもう仕方ないが、東京五輪に向けては(高校や大学など)学校(での公開)はいいのでは」と、規制の緩和を提言した。

 現在は「アンブッシュマーケティング」に法的根拠はないが、政府は法制化の準備もしている。さらに、厳しく規制される可能性もあるが、同時にIOCとJOCには五輪ムーブメントの醸成、五輪教育の推進などの役割もある。パブリックビューイングや報告会など大会中、大会後にも関わる問題だけに、JOCでも慎重に対応する考えだ。


 ◆壮行会 相手の旅立ちを激励し、盛大に送り出すための会。五輪壮行会は、日本が初めて出場した1912年ストックホルム大会の金栗四三(マラソン)と三島弥彦(陸上短距離)が新橋を出発する前に新橋駅で行われたのが最初。近年は選手を取り巻く環境も変わり、所属する学校や企業による盛大な壮行会も多くなった。壮行会で激励金を集め、選手に「餞別(せんべつ)」として渡すこともある。また、集めた激励金を選手の家族に応援のための渡航費用として贈ることも珍しくない。