<アテネパラリンピック 陸上男子円盤投げ銀 大井利江(67)>

 「金メダルを取るまで禁酒だ!!」。01年から宣言して、16年間大好きな酒を飲んでいないよ。還暦はとっくに過ぎたのに、選手としては“成人”になれない。

 04年アテネ大会で銀、08年北京大会で銅、12年ロンドン大会で10位。記録は落ちているけど、やる気はみなぎっている。それは、パラリンピックが「特別な存在」だから。ライバルとの緊張感、会場の雰囲気とまさに4年に1回しか味わえない大会だね。1度経験したら「次も」という思いになるよ。パラの場合、強豪選手でも世界選手権とかの国際大会に資金不足で出場できない場合もあるから、本当の世界一を決めるのはパラリンピックのみなんだ。

 学生の頃、金田正一に憧れてプロ野球選手を夢見ていた俺がこうなるとはな。100メートルを10秒台で走る俊足だったんだ。遠洋マグロ漁師で40歳の時、重さ20キロの漁具が頭に落下して頸椎(けいつい)を損傷。下半身はまひして握力はゼロになり、車いす生活になった。50歳で円盤投げを始めた。水揚げしたマグロを水槽に投げ込む要領だな。週4日、妻に助けてもらいながら二人三脚で練習した。26メートル62(F53クラス=運動機能障害・車いす)は、今でも世界記録だ。そんな中、昨年、リオ大会はF53クラスがないことが分かって、砲丸投げでリオを目指すことに決めたんだ。利き手の右手がまひしていて、砲丸を耳に付けられないから左手で挑戦だ。昨年10月のドーハ世界選手権は6メートル35の6位で、今は東京大会のメダル獲得に向けて砲丸一本に絞ったよ。妻はあきれているよ。 

 4年後は71歳か。まだ、若いな。新国立競技場などの問題が山積みだが、海外大会のように数万人も観客が埋まるのか心配。障がい者スポーツの報道は増えてはいるけど、認知されるまではまだ足りない。交通やホテルのバリアフリー化も欧米に比べたら遅れているし、本当に間に合うのか?

 妻は口癖のように、サポートを「引退したい」と言っているけど、俺は妻がいないと練習できない。東京大会では金メダルを絶対に取る。妻にメダルをかけて、人生で一番うまい酒を飲むんだ。

(2016年5月11日東京本社版掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。