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高橋成師ポーラの無念晴らす/有馬記念

メイショウサムソンで、念願の有馬記念制覇を狙う高橋成忠師
メイショウサムソンで、念願の有馬記念制覇を狙う高橋成忠師

 今春解散した瀬戸口厩舎からメイショウサムソンを引き継いでいる高橋成忠師(67)は、調教師として有馬記念2度目の挑戦になる。749勝を挙げた騎手時代も2度出場したが、勝利には縁がなかった。定年まで残り3年。最大のチャンスを迎える。

 高橋成師の騎手時代は関西でも指折りの存在で、67年には全国リーディングにも輝いた。グランプリ初挑戦は24歳の時。64年、春の天皇賞で初めて8大競走を勝ったヒカルポーラとのコンビだった。1番人気になったが、ヤマトキョウダイの5着。リベンジを期して挑んだ翌65年はシンザンが立ちふさがった。

 高橋成師「当時は今と違って関東馬が強かった。だから、有馬記念も楽しみを持って乗るという感じではなかったな。何回も乗るような機会はなかったから。でも、一番の思い出はシンザンが勝った時だね」

 シンザンは前年の3冠馬。65年は、有馬記念直前のオープンで2着に負けるまで7連勝していた。そのオープンは、いわゆるたたき台。どのジョッキーも、どうやってシンザンを負かすかに知恵を絞っていた。

 高橋成師「ちょうど、道中はシンザンと並んで進んでいたんだ。あの馬はちょっと違う存在だった。でも、乗るからには何とかならないかと思っていたよ」

 ヒカルポーラも前走京都記念を勝って勢いは衰えていなかった。天皇賞馬の意地がある。シンザンの背には、テン乗りの松本善登騎手がいた。

 高橋成師「勝負どころで『善さん、さぁ、そろそろ行こうか』と声を掛けたんだ。そしたら、向こうがシュンと行ってしまったんだよ。シンザンがどこのコースを取るのかと思っていたら、選んだのは大外。いわゆる『シンザンが消えた』という有名なアレだよ」

 ミハルカスの加賀武見騎手が馬場のいい外ラチ沿いに馬を持ち出すと、シンザンはさらにその外へ。スタンドから死角になる坂下で2頭が消えた。最後はシンザンが差して1着。ヒカルポーラは6着に終わった。

 それが騎手として最後の有馬記念となった。77年に5176戦749勝の実績を残して引退。調教師に転身してからは03年ダービーレグノで6着と、12番人気ながら善戦した。今回は通算4度目の挑戦。円熟したトレーナーは、かつてヒカルポーラで見た夢をメイショウサムソンに重ねる。

[2007年12月18日8時46分 紙面から]

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